第22話 「これから毎晩…」

 サラたちと別れた後、ジンはまたまたクリスの部屋にやって来ていた。この短い期間で、この部屋に来たのは何度目だろうか、と彼は考える。二人で話をしたいことがあると言うクリスに付いて来たのだが、このときの彼は腹が減って仕方がなく、着いた途端に腹の虫を鳴かせてしまった。

 それに対し、クリスはくすり、と笑みを溢して食事の準備を始めた。


「もう少しで作り終わるから待ってなさい」

「あぁ、わざわざ作ってもらってすまないな」

「一人分増えるくらいどうってことないわよ。それに、あなたいつも食堂に行っているんでしょう?」

「まぁ料理は全然できないからな…。クリスはよくするのか?」

「そうね、基本的には自分で作るようにしているわよ。そのほうが安く済むから」

「手慣れた様子だが、いつからやり始めたんだ?」

「正確には分からないけれど…気がつけば自分で料理をするようになっていたわね。放っておけば親がやってくれる、誰かがしてくれると思っていると、独りになったときに苦労するものよ」


 クリスは、父親の失踪後に落ち込み、部屋に篭り気味となってしまった母親の代わりに幼い頃から失敗を繰り返しながらも家事を行うようになっていた。それは、母親の回復後も続けていたようで、今では完璧に行えるようになっている。

 そんな彼女の力を見込み、ジンはとある提案をする。


「……今度教えてくれないか?とは言ってもフライパンすら持ってないんだが…」

「良いわよ。…けれど、私は甘やかさずに、とても厳しく教えるからね。覚悟しておきなさい」

「あ、あぁ…宜しく頼むよ…」


 自分はもしかして選択を間違えてしまったのではないか、と彼は心の隅で思う。

 そんな彼の気持ちを知ることもなく、クリスはご機嫌に鼻歌交じりで料理を盛り付ける。その姿は、普段のツンとした彼女の態度からは全く想像のできないもので、ジンは何も言うことなく頬杖をつきながらそれをじっと眺めていた。

(あんな楽しそうな姿を見せられたら、やっぱり無しでなんて言えないな)


「ほら、できたわよ。あなたの普段食べる量を知らないのだけれども、これくらいで良いのかしら?」

「あぁ、丁度良いよ。いただきます」

「召し上がれ」


 差し出された料理を一口食べるだけで、あまりの美味さにジンは『美味い…!』と無意識のうちに言葉を漏らしていた。それを聞いたクリスが、驚きながらも得意げに答える。


「それくらいはできるようになってもらうわよ。ただし、私は全てを口で教えるわけではないから、あなたが自分の舌を使って研究するのよ!」

「えっと、それはこれからもクリスの料理を食べられる、ってことで良いのか?」

「……っ、そ、そうね…そういうことになるのよね…これから…毎日…」

「毎日なのか?」

「あ、当たり前でしょ!あなたはご飯を一日中食べないときがあるのかしら⁉︎だから、つまり…そういうことよ!魔力核よりも、その頭のほうがよっぽど弱いんじゃないかしら、もうっ!」

「そういうものなのか…?」

「そういうものなのよ!いいから、これから毎晩ここに来くるのよ!」

「あ、あぁ、そこまで言うのなら…」


 顔全体を赤くしたクリスは、何度も手櫛で髪をいじりながら、ジンから目を逸らす。彼女のその理論はよく分からないものであったが、彼は何も言い返すことはしなかった。それほどに料理が好きなのだろう、と彼は思うのだが、それが正解だとは誰一人として考えることはないだろう。

(自分の舌で研究…か)

 もう一度口に運び、彼は呟く。


「ん、やっぱり美味い」

「…そう、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」


 ・ ・ ・ ・


 サラから魔窟に居たという少年の話を聞いたリリーは、情報の共有の為に再び学園長室へとやって来ていた。

 緊迫した空気に包まれたその部屋で、学園長は窓から星を眺めていた。


「学園長は、この話をどう思われますか?」

「ふむ…にわかには信じ難いが、あり得ん話でもない。福音ふくいんの子ならば、たった一人でもジャイアントオーガを倒すのは容易なはずじゃ」

「その福音の子、というのは?」

「古くからの伝承——信憑性はほとんど皆無の神話のようなものじゃが、その幼な子は神の遣いだと言われておる。この世が危機に陥ったとき、現れるものだと言うのだが、その子が本当に福音の子じゃとなると…」

「……厄災の日は近い、ということなのでしょうか?」

「その通りじゃ。リリーくん、先日も言ったが、どうか生徒たちを頼むぞ」

「もちろんです」

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