片翼のヴァーミン

第16話 青いペンダント

　授業を終え、ジンとクリスは食堂にやって来ていた。二人とも部屋に戻ろうとしていたのだが、その道中大きく腹を鳴らしたクリスを気遣い、ジンが誘ったのだ。

（『ちょうど俺も腹が減ってたんだ』なんて変だったか…？）

　相変わらずそこは色んな学科の生徒たちで賑わっており、空いていたのは彼らの座っている壁際の席のみであった。

　窓から中をチラチラと覗く輩も居るが、そのような者は気にせずに食事を続ける。相変わらず、彼らの周囲はジンの魔法により雑音が消されているようだった。

「あなたのこの魔法、本当に便利ね。範囲外の音を遮断させるなんて、今まで聞いたことないわよ」

「『サイレンス』は、俺の兄が教えてくれた魔法なんだ。魔力は多いほうではなかったが、応用が得意な人でな」

「ふぅん…ということは他にも何か凄いものがあるのかしら？」

「そう言われても、どの魔法も俺からすると当たり前のことだからな…」

「はぁ…私の中の常識が泣いているわ…」

　彼女はサラダを口に運び、咀嚼した。大きく腹を鳴らしていたわりには、あまり食べないのだなぁ、と思いながらも、無駄なことは言うまいとジンも箸を動かした。

　こうして会話を続ける二人のもとに、トレーを持ったアキラとサラがやって来るが、ジンの魔法のせいで二人がそれに反応することはなかった。

「お〜い、聞いてるかぁ？俺らも同席して良いかって言ってるんだけど〜」

「急に人の耳元で叫ぶヤツが居るか…」

　範囲内に入り、ようやくアキラの声が二人に届いた。

「ずっと言ってたのに、ジンが返事しねぇからだろぉ？それで、他に席がねぇんだ、俺たちも一緒にいいか？」

「俺は構わないが…」

「私も構わないわよ。ジンのお友達なのでしょう？」

　アキラとサラは、それぞれ感謝の言葉を述べて席についた。ジンの隣にアキラ、クリスの隣にサラが座り、バディ同士向かい合う形になった。

「私はサラ・メイティー。気軽にサラって呼んでくれると嬉しいかな。こうやって話すのは初めてよね、宜しくねクリスちゃん」

「こちらこそ宜しく、サラさん」

「俺はアキラ・ガングロードだ。こっちも気軽にアキラって呼んでくれていいぜ」

「分かったわ、アキラくん。ところで二人は私のことが、その……嫌い、ではないのかしら？」

「あぁ、そのことなら気にしなくていいさ。俺もサラも別に何も思っちゃいねぇよ」

「…そう、良かったわ」

　クリスは、その言葉に胸を撫で下ろした。

（ジンなんかと仲良くしてくれる人たちだもの、悪い人たちではなさそうね）

　自己紹介を終えたところで、サラはジンの異変に気づいた。

「あれ、ジンくんの制服のボタン何個か取れちゃってるわよ？それにそのペンダント、もしかして魔導補助具じゃないの？普段隠れてるから気づかなかったけど…」

「あぁ、恥ずかしいことにこれがないと上手く魔力を扱えなくてな…。そんな俺に、大切な人がくれた物なんだ」

「そうなんだぁ。それでも強いんだもんねぇ、感心しちゃうよ。良ければ私がボタン直してあげよっか？実家が服屋やっててさ、裁縫は結構得意なんだよね〜」

「いいのか？俺のいた孤児院には裁縫ができる人が居なくて、教えてもらえなかったんだよ」

「うんうん、全然いいよ。いっつもうちのアキラが迷惑かけてるからね」

　『俺がいつ迷惑かけたことになってんだ⁉︎』とアキラが返すとほぼ同時に、クリスが『ダメよ』と言い放った。意味不明な発言に、全員がきょとんとするが、なんとか弁明しようと彼女は続けた。

「じ、ジンは私のバディよ。サラさんに迷惑を掛けるほどでもないわよ。…あなたは私のバディであるという自覚を持ちなさい。その服は私が直すから、後で部屋に来るのよ」

「お、おう…」

（他のバディに迷惑を掛けるなってことか？）

　戸惑いながらも、ジンは返事をした。その二人のやり取りを見たサラとアキラは、何かを悟ったかのようにニヤニヤと顔を合わせた。

　まるで初々しいカップルを傍観するかのような表情にジンは呆れるが、何を言われるか分からないので触れないことにした。

　そんな彼に、アキラが耳打ちする。

「お前らってまだ付き合ってねぇの？」

「どうしてそうなるんだ…」

「いやいや、まさか授業中にあんなダイナミックキスをするほどなんだからよぉ」

「…あのなぁ、あれは不慮の事故だ。クリスにも申し訳ないから、もうそのことには触れないでくれ」

「ちぇっ、分かったよ」

　と、いうように彼らがひそひそと話をしていると、サラが目を細めて怪訝（けげん）な顔をした。

「な〜に二人だけでこそこそしちゃってんのぉ？」

「い、いやぁ別にやましいことはなんにもないぞ、サラ。そうだよな、ジン！」

「あ、あぁ、そうだな…」

　四人はその後も食事をしながらの会話を楽しむが、そこでサラがとある疑問をジンへ投げかけた。

「ジンくんの剣ってさ…なんだかこの世のものとは思えないんだけども、どこで買ったの？」

「これは、兄が俺に遺してくれたものなんだ。何故かは分からないが、一度も使わずにベッドの背面に貼り付けて隠されていて、俺もこれが何を素材にして、どこで造られたものなのかは一切知らないんだ」

「どうして使わずに隠してたんだろうね？何か理由があったのかな」

「あの人は少し変わったところがあったからな、俺もなんとも言えないな…」

　サラは顎に手を当て、じっと彼の剣を見つめた。彼女の瞳にはそれがどのように映っているのか、それが昨日ジンの部屋で感じた不気味さの元凶ではないのかと考えていた。

（うぅ…な〜んか、嫌な感じがするんだよねぇ…。私の勘違いだったら良いんだけど…）