　薄暗い校舎の中、職人による装飾の施された分厚い木の扉を一人の女性がノックする。『入りたまえ』と言う声を確認すると、彼女は恐る恐る中に入る。

　ギギギ、と軋む扉を閉めて、奥に座る男の前に立った。その男は彼女に背を向けたままで、ずっと遠い目をして窓の外を眺めていた。

「リリーくん、忙しいところすまないね」

「構いません。それで話というのは、ジン・エストレアのことでしょうか…？」

「うむ、今回は彼のことではなく、私の見た夢についてじゃよ」

「夢…というとこは、何か視えたのですか⁉︎」

「嫌な夢じゃったよ。街に魔獣が溢れかえり、人々は悲痛な叫び声を上げながら逃げ惑う。木々は焼かれ、崩壊した街には幼子の泣き声が響き渡る…」

「それだとまるで十三年前の…！」

「”厄災の日”と同じじゃな。知っての通り、ワシの予知夢が外れることはない。半年ほど前に見た夢じゃが、必ず厄災は訪れる。街を守れ、とまでは言わないが、自分たちや大切な人たちを守れるよう、今後とも生徒たちの指導を頼むよ」

「……承知しました。それでは、失礼します」

　リリーは、眉を顰（ひそ）めたまま部屋を出た。厄災を経験した彼女には、受け入れ難い事実だったのであろうが、学園長の話を疑うことはしなかった。それほどに、彼の予知夢というものは正確なのであろう。

　原因不明の厄災を未然に防ぐ手立ても無い今の現状に、彼女は頭を抱えた。

「…予知夢というのも、良いことばかりではないのぉ。避けられぬ運命を知るというのは、非力な人間には酷なことよのぉ…。老人は大人しく死を待つべきか、それとも…」

　学園長は一人呟きながら机と向かい合い、引き出しを開けた。

　そこには古びた短剣が入っており、彼はそれをそっと取り出して見つめ続けた。

（奇跡を待ち、望むだけならば愚者にもできる、か…）

「——以前、お主に愚者と罵られたこともあったのぉ…」

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。（ログインが必要です）

新規登録で充実の読書を

マイページ: 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる; 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める; フォローしたユーザーの活動を追える
通知: 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴: 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい