第10話 一対の翼

 生徒たちの溢れんばかりの歓声が訓練場を包み込む。

 A級魔法の発動を、魔法陣を斬ることで止めたという事実に、学園長を含めて教師たちは全員目を丸くしていた。


「ふむ…魔法陣を斬るとは、あの奇妙な剣の力か、それとも彼自身の力か…。ジンなにがしよ、お主はいったいなんの為にこの世に生まれ落ちたのじゃろうか…」


 剣を鞘に収めたジンは、覚えたての『バウンド』を使って、客席に居るクリスの前まで跳躍した。その魔法は上手く使いこなせていないはずだったが、数メートルもある客席まで跳べたのは、彼自身の身体能力の高さにあるのだろう。

 ジンは手すりの上に着地し、膝を曲げて目線をなるべくクリスに合わせるようにした。


「何よ、やればできるじゃない」

「俺には勝たないといけない理由があったからな。…あのこと、忘れてはいないよな?」

「ええ、当たり前でしょ」

「…その、なんだ…翼は一枚では飛べないと思うんだ…」

「何よ、頭でも打ったの?」

「えっと…つまりだな、俺とバディを組んでくれないか…?」


 昨日も同じセリフを言ったはずなのだが、いざ改まって口にしてみるとなると、ジンは緊張せずにはいられなかった。

 その様子を近くで見ていたアキラとサラも、何故か照れ臭そうに頬を赤らめていた。


「なんかあれ、プロポーズみたいじゃない?」

「だな」

「はぁ〜あ、アキラもあれだけカッコ良かったらなぁ…」

「うっせ、ばーか」

「はぁ?馬鹿って言ったほうが馬鹿なんです〜!ばーか‼︎」


 相変わらず不毛なやりとりを交わす二人を気にすることはなく、ジンとクリスは会話を続けていた。


「…考えると言っただけで、バディになると断言したわけではないわ。だから少しだけ時間を頂戴。そうね、私の二○六号室の部屋に来たときに、この返事を聞かせてあげるわ」


 それだけ言うと、クリスはその場を去ってしまうが、その頬が赤く染まっていることには誰も気付きはしなかった。

 彼女の姿が見えなくなると、近くにいた生徒たちが次々とジンのほうへと押し寄せて来た。


「これはしばらくジンの話題で持ちきりだな」

「そうね、アキラもそれだけ有名人になれば私も鼻が高いんだけれど…昨日のことがあるしねぇ…」

「お前なんか最近俺の扱い酷くね?」

「そうかな?昔から酷かったわよ?」

「自覚あんのかよ…」


 ・ ・ ・ ・


 日が暮れ辺りが薄暗くなり、やっと生徒たちの質問攻めから解放されたジンは、くたくたになりながらもクリスに言われた通りに二○六号室へと足を運んだ。扉をノックしても返事は来ない。

(外出中か…?それならそうと先に言っておいてくれるとありがたかったんだが…)

 なんとなくドアノブに手をかけてみると、それは無抵抗に回り、扉を開けてしまった。


「不用心だな…それとも中で何かあったのか…⁉︎おい、クリス!大丈夫か——⁉︎」


 最悪の場合を想定したジンは、血相を変えて慌てて部屋の中に入り、奥まで進んだ。


「へっ…、どうしてジンがここに居るのよ…っ⁉︎」


 その先に居たのは、風呂上がりなのか、少し湿った髪を団子にしてまとめ、身体にタオルを巻いている状態のクリスだった。彼女は突然やって来たジンに驚き、タオルから手を離してしまった。

 そしてそれは重力に従い、はらりと床の上に落ちる。

 ジンもすかさず顔をそらすが、クリスの白い肌や、柔らかな身体の曲線、そして彼の手の平からはいくらか溢れてしまうであろうほどの胸の膨らみが脳裏に焼き付いてしまっていた。


「あ、安心してくれ!全部は見ていない…!それに、俺なんて昨日の夜は全部見られたからな!」

「…なんてこと思い出させるのよ!言い訳はいらないから、さっさと外に出なさい‼︎」


 ジンは一目散に部屋から出て行き、扉の横にもたれかかった。

(だめだ、忘れられそうにない…) 

 しばらくの間、悶々としながら彼女を待っていると、必要以上に勢いよく扉が開けられた。彼女のその視線は、なぜか地面のほうへ向けられており、そこにジンが転がっていないことを確認すると、小さく舌打ちをした。


「…入りなさい」

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