第9話 初めての模擬戦
「編入早々模擬戦をするとは、お前はよほどの戦闘狂なのか？…まぁ良い、血の気の多いヤツは私も嫌いではないからな。何かあったら止めてやる。全力で行ってこい」
リリーに背中を押され、中央に立つアゴハと対峙する。そんな二人を見て、とうとう始まるのかと観客は胸を踊らせた。
「やぁ、ジンくん、謝罪の練習はして来たかい？」
「あいにく昨日はすぐに寝てしまったよ」
「ハンッ、そのことを後で深く後悔するといいよ。…ちなみに俺のこの剣は、街一番の鍛冶屋に造らせたものだ。平民のお前には一生手の出せない代物だ。たっぷりと斬ってやるよ」
「あぁ、お手柔らかに頼むよ」
ジンの態度を不快に感じたアゴハは、舌打をしながらその幅の広い剣を自分の前で構えた。ジンが剣を抜く様子がないことを確認すると、リリーは『始め‼︎』と大きく声を上げた。
拡声魔法を使わずに発せられたはずのその声は、この広い訓練場中へと余すことなく響き渡った。
「でりゃあぁぁぁぁ‼︎」
アゴハは、剣を大胆に振り上げてジンへと飛びかかるが、それは容易く躱されてしまった。
「それだと、剣に振り回されているだけじゃないか？大切なのは見た目よりも使いやすさだ」
ジンがゆっくりと剣を抜くと、その異質さに観客たちがざわつき始めた。
陽の光を浴びてもなお、彼の剣は黒くあろうとし続けた。光さえも吸い込んでしまうほどの、まるでこの世の根底に存在する絶対悪のように常に黒く染まっている。
彼がそれを構えると、アゴハはすかさず距離を取った。
「なんだ、その変な剣は。お前の居た孤児院はそんな出来損ないしか買えないほどなのか？」
「言っただろう、大切なのは見た目じゃない。人の話はしっかりと聞くようにしろ」
「調子に乗りやがって…！」
今度はジンのほうから距離を詰めた。フェイントをすることもなく、真正面から一直線で向かい、下から上へと剣を振り上げる。
アゴハの剣は、鋭い金属音を立てながらなんとかそれを受け止めるが、繰り返されるジンの斬撃に防戦一方となった。
彼は一歩ずつ後退し、隙を見て抜け出そうとするが、ジンの動きに隙などひとつも見つからなかった。
「「いいぞー！やっちまえー！」」
観客の声がアゴハを不快にさせてゆくが、彼は不敵な笑みを浮かべ、『バウンド』という言葉を口にした。
それと同時に、ジンの足元に現れた小さな魔法陣が彼を数メートルほど弾き飛ばした。
これはアゴハの作戦だったのであろうか、突然のことにジンは驚きを隠せなかった。なんとか受け身をとった彼だが、自分の身に何が起こったのか理解できていないようだった。
「……初めて見る魔法だな」
「それにしては受け身を取れるなんて、大したもんだ。ただ、俺の魔法階級は５。そんなお前に勝ち目はねぇよ！」
無数の魔法陣がアゴハの周りに展開され、そこから火の弾がジンへ向けて次々と放出される。人の顔よりもひと回り以上大きいそれが着弾した場所は、砂埃をあげて数十センチほど
ジンは訓練場内を左回りで駆け抜けてそれらを避けるが、躱しきれなかったものは全て剣で斬り裂いた。
彼らが繰り広げる熱戦に、観衆もまたとないほどの盛り上がりを見せた。
それを一番上の席で見守るリリーの隣に、一人の老人がやって来た。衣服の上からも分かるほど隆起した筋肉とは真逆に、老いを感じさせる鼻の下の長い髭をいじりながら、じっとジンたちを眺めた。どうやら彼も二人の模擬戦を観戦しに来たようだった。
「ほっほっほ、やっとるのぉ」
「学園長⁉︎模擬戦を観にくるなど珍しいですね…。ご自身が選ばれた生徒のこと、やはり気になりますか？」
「そうじゃな、ジン・エス…なんと言ったかな、彼の力をしかと見定めておきたくての」
「しかし、彼の魔法階級はほぼ１に等しい２。学園長が気にかける理由が、未だに私にはさっぱり分かりませんが…」
「正確には彼自身ではなく、彼の使う力と言ったところかのぉ。少ない魔力を補ってしまうほどの肉体と知恵、それ以上に彼には大きな力があるとワシは信じたいのかもしれん」
「それはどういうことでしょうか…？」
「若い者が気にすることではない。ただの老人の独りよがりだと思ってくれ」
学園長と呼ばれる男は、そっと頬の傷跡を撫でた。
こうやって彼らが会話している間も、アゴハの出す火の弾は、ジンを追い、地を
いくら時間を稼いでも、魔力の枯渇する気配のないアゴハを見てジンは感心するが、このままでは
（接近戦になれば——！）
「接近戦になれば勝機はある、とでも思ったのか？」
ジンはアゴハの胸に向けて剣を突き出すが、相手の剣の幅が広いせいで容易に受け止められてしまった。
しかし、彼は距離を取ることなく剣を押し続け、先程のアゴハと同じように『バウンド』と呟いた。その魔法は彼の見様見真似であり、同様の威力を発するものではなかったが、アゴハの体勢を崩すには十分であった。
片足を弾かれ、一歩後退する彼の剣と垂直に交わるように、ジンは剣を振り下ろした。
その斬撃はアゴハの剣をふたつに砕き、折れた刃先は、何度も回転しながら勢いよく地面に突き刺さった。
「初めて見る魔法じゃなかったのか…？」
尻もちをついて自分を見上げる彼に剣を向け、ジンは言う。
「確かにおもちゃの剣にしては頑丈だが、それでは誰も守ることはできない。魔獣は無情だ。俺みたいに止まってはくれないぞ」
「…く、くそがぁ！俺はイリキー家の男だぞ！そんな俺様がお前みたいな平民に負けるわけねぇだろ‼︎…あの世で後悔しろ‼︎」
アゴハが突き出した両手の前に展開された魔法陣は、訓練場の端から端まで届くほどの大きさのもので、監督していた教師たちはそれを見て慌て始めた。
「あれはA級魔法…！禁術のはずでは…⁉︎ジン・エストレア！今すぐその場から離れろ！早く！」
「…俺が逃げたら他の皆んなはどうなるんです？誰かを守れないのなら……俺はここに居る必要はない！」
彼はリリーの警告を無視し、アゴハの前に立ち続けた。
そんな姿を見たクリスも『何をしてるのよ、早く逃げなさいよ‼︎』と声を上げる。
生徒たちは訳も分からぬまま、我先にと出口へ向かう。
教師も止めに入ろうと客席から降りる中、ジンは一息吸って剣を振り上げた。
それはアゴハの魔法陣を斬り裂き、消失させた。
「な…なんで…」
「ただ切れ味が良いだけだ。これなら、お前のことも…」
ジンは剣先でアゴハの頬をなぞり、その傷口からは止めどなく彼の鮮血が流れ出す。
恐怖で震えが止まらなくなった彼を見て、ジンは怒りを感じた。
——情けない姿だ。自分やクリスを侮辱していた昨日の出来事が嘘のように思えた。
「——家柄が良いのは分かったが、お前自身には何があるんだ？…どれだけ甘やかされたら、そんなにも弱くなるんだろうな。せいぜいクリスへの謝罪の練習でもしていろ」
「ひぃ…っ！」
駆けつけた教師が模擬戦を終了させ、ジンは勝利を収めた。
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