第4話 アラン学園への編入生

「今日は編入生が来ているので、早速紹介するとしよう。ほら、入って来てくれ」


 広い講義室の中に、男勝りな教師の声が響き渡る。そうして三十人ほどの生徒たちの視線が一点に集められる中、ジンは怖気付くことなく、促された通りに部屋に入って教卓の隣に立った。

 すると、彼の姿を見た女子生徒たちが次々と口を開け、その声が講義室を埋め尽くす。


「ねぇ、結構可愛くない?私好みの子なんだけど!」

「ばかっ、可愛いというよりかはカッコいいじゃない?執事のコスプレとかさせてみたいかも〜!黒髪って珍しいしウィッグなんかも要らないわよ!」

「ちょっとあんたたち妄想激しすぎよ〜!」


 もちろん、女子生徒たちのその反応を見て気分を悪くし、舌打ちして顔をそらす者も少なからず居るようであった。

 段々と騒がしくなっていく空間をあっという間に、水を打ったかのように静まり返らせたのは教師のたったひとつの咳払いだった。

 よほど恐れられているのか、生徒たちは固唾を飲み込み、先程までの雰囲気を感じさせないような真剣な表情を浮かべて前を向いた。

 まるで調教済みの猛獣が、檻の中で小さくなるかのように。もしくは、猛獣に睨みつけられたハムスターと言ったところだろうか。

 そんな様子を見ても、教師は一切表情を変えることなく続けた。


「騒がしいクラスですまないな。簡単なもので構わない、自己紹介をしてくれ」

「はい。……名前はジン・エストレア。シヴァルヴィからやって来ました。あまり人のいない小さな孤児院で過ごしていました。…これから宜しくお願いします」

「実は私もシヴァルヴィ出身でな。仕事の都合であまり帰省できていないのだが、良ければいつか町の話を聞かせてくれ」

「えぇ、もちろんです」


 ジンが自己紹介を終えると、講義室の中心に位置する席に座るひとりの男子生徒が、不満そうに口を開けた。


「孤児院って…編入して来たって言うからどこの貴族さんかと思えば、名無しかよ。あ〜あ、みんな期待しただけ損だったよなぁ?」


 隣の席の男子も、その発言に同調するかのようにクスクスと笑い出す。ジンがその発言に何も言い返すことはなくただ俯いていると、教師は名簿帳を教卓に勢いよく叩きつけた。


「先から黙れと言っているはずだ‼︎何度言わせたら気が済むんだ、貴様らは‼︎」


 『今初めて言われたんだけど…』などと呟く生徒を睨みつけ、彼女はあからさまにため息をついた。それが故意に行ったものなのかどうかは、本人にしか分からない。

 どのような反抗的な生徒も、彼女の恐ろしさには敵わぬようで、そっと視線を落とした。


「私の名前リリー・アーガスだ。ジン・エストレア、こちらこそ宜しく頼むよ。席は…空いている所に座ってくれ」

「分かりました」


 ジンは講義室中を見渡し、空いている席を探すが、そこでひとつ目立った空席があるのを見つけた。そこには頬杖をつきながら、無表情で窓から見える小さな青空を眺める長い綺麗な銀髪をした少女がひとり座っているだけで、何故かその周囲には誰ひとりとして人は座っていなかった。

 そんな様子を不思議に思いつつも、彼は迷うことなくその席へと向かった。


「——ここ、いいかな?」

「……………ん、勝手にすれば?」


 ジンの問いに冷たく返す少女。その際、窓の外へ向けられた視線が動くことは一切なかった。少女から了承を得た彼は、小さく『ありがとう』と返して席についた。


「どうしてヴァーミンの隣なんかに…」

「あんな女より、絶対私のほうが良いのに…。ヴァーミンは私たちからいったいどれだけのものを奪うつもりなのかしら?」


 どこからか漏れ出すその冷たい言葉が、隣に座る少女に向けられたものだと気付きつつも、ジンは聞こえぬふりをし続けた。

(わざと本人にも聞こえるように言ってるだろ…。仕方ない、先生以外の声は入ってこないようにするか)

 彼が机を人差し指でトン、と叩くと同時に窓際の少女はに気づいた。

 ジン悟られないように、視線を彼のほうへと向けるが、彼は何事もなかったかのように授業に集中している。

 これは自分の勘違いだったのか、否、そんなはずはない。大きな疑問と関心を胸に抱き、彼女もしぶしぶ授業に耳を傾けることにした。

 その授業というのは、魔法に関する基礎についてのものであった。いつ、誰が発見したのかなどと不確かなものではなく、魔法はいったいどのような原理で発動し、それがどのようにして作用するのか——優秀な生徒たちからすると退屈な内容で、何度もあくびを繰り返す者も少なくはなかった。

 しかし、その度に額にチョークを当てられ、終いには涙目になりながら話を聞く者も居たことも事実だ。


「この世の全ての人間の体内には、大なり小なり、心臓の横に魔力核があるというのは知っているだろう。この器官の強さや、個人の技量で六段階の魔法階級が決まるのだが、大切なのはそれだけではない。精神干渉魔法や肉体に直接影響を与える魔法に対し、どれだけの免疫があるのかもこの器官の強さで決まる。故に回復魔法の効きも個人間で差が出てしまうことがある。魔力核が弱いと自覚のある者、魔法階級の低い者は、大怪我をしないようにより一層訓練に励むべきだな」


 話を聞きながら、大きな黒板にリリーが書いたものをただひたすらとノートに写す。そういった単純作業を繰り返しているうちに時間は過ぎてゆき、その日の授業は全て終わってしまった。まだ夕方と言うには少し早いだろうか。

 ジンは昼から参加したとはいえ、慣れない授業というものに多少は疲弊している様子だった。早く寮へ行き、荷物の整理をしなければならないと考え、彼は席を立った。

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