第3話 儚げな男
「うぅむ…これから寮で暮らすとなると、自炊は必須か…?でも料理なんてできないしなぁ…」
センドレの中でも多くの売店が並び、賑わっていることで有名な街道に、ジンはやって来ていた。どうやら彼は、これからの新生活に備えて、調理器具を購入するかどうか迷っている様子であった。それが料理のできない男にとって、吉と出るか凶と出るかは彼の努力次第であろう。
大小様々なフライパンや鍋が飾られており、彼はどれを選ぶべきなのかすらも分からなくなり、ひとりでぶつぶつと呟きながら、かれこれ二十分以上それらと睨めっこをしていた。
「もしかしたら、友人に料理を振る舞うときも来るかもしれないから、なるべく大きいほうがいいのか…?」
そんなことをしていると、遠くのほうから若い男の叫ぶ声がジンの耳に入ってきた。
「ひったくりです!誰かそいつを捕まえてください!」
ジンは声のするほうを向いてみると、フードを深く被った者が自分のほうへと走って来ていることに気がついた。
その者は腕の中に鞄を抱え込んでおり、時折後ろを確認しながら前へ前へと進んでいた。
そんな様子を見て、一目でその者がひったくりの犯人だと分かった。ため息をついたジンは、荷物を置いて道の真ん中に立った。
「邪魔だ!どけ!」
そう言って、自分の行く手を阻むジンをひったくり犯は突き飛ばすが、ジンはその際に伸ばした足で相手を派手に転ばせた。
その勢いで犯人の被っていたフードがめくれてしまい、男は顔を表に晒してしまった。
しかし、そんなことは今の彼にはどうでもよく、自分に足を引っ掛けたジンへの怒りのほうが大きくなっていた。
「てめぇ…っ、邪魔してんじゃねぇぞ!」
「悪いのは自分だろ?しばらく大人しくしていてくれ」
突然飛びかかってきた男の拳をヒラリと躱し、ジンは相手の腹を力強く殴り、いとも容易く気絶させてしまった。
そうしていると、息を切らせながらひとりの男が彼らのほうへ駆けつけて来た。
男は高身長の細身で、雪のように白い肌と肩まで伸ばした金髪がどこか儚さを感じさせるような、そんな面影をしていた。
「ありがとう。それは僕のものなのだけれども、取り返してくれたんだね」
「いえ、偶然近くに居ただけですよ」
「良ければお礼がしたいんだけれども、そうだね…何か欲しいものはあるかい?」
「気にしないでください。そこまでしていただくほどのことではないですよ」
男は、ジンのその返答に悲しげな表情を浮かべながら『参ったなぁ…』と頭を掻いた。何かお礼できるものはないかと考えていると、ジンが腰に掛けている黒い剣が目に入った。
「おや?その剣、きみはもしかして兵士なのかい?」
「いえ、ここの養成学校に入学したばかりで、今から向かう予定です」
「そうか、きみがそうなのか…。よし、申し訳ないんだけれども、今回のお礼はまた今度でも大丈夫かな?」
「いつでも構いませんよ」
「ありがとう。ちなみに、きみの名前を教えてもらってもいいかな?」
「ジン・エストレアです」
「ジンくんだね、覚えておくよ。僕の名前は次に会いに行ったときに教えるとするよ。それじゃあ、きみも忙しいだろうしまた今度ね」
「はい、それではまた」
ジンは軽く会釈をして自分の目的地へと向かった。そんな彼の後ろ姿を見送るかのように、男はじっとその場で立ち尽くしていた。
「——ジンくん、このお礼は必ず返させてもらうよ。…できれば、そんな日が来ないことを願うのだけれども…そうはいかないだろうしね。どうか、幸運を祈るよ」
そう呟く彼の目は、少しずつ離れていくジンの後ろ姿ではなく、それよりもどこかはるか遠くを眺めているようだった——。
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