第2話 灰の街センドレ

「ふぅ、それにしても荷物が多いな…。これから向こうで生活していくなら、これでも足りないほうなのか?なるべく足りないものがあれば、早めに買っておいたほうが今後の為だな…」


 ジンは小さな馬車の中で左右に揺られながら、そんなことをひとりブツブツと漏らしていた。確かに大きく膨らんだ鞄が数個あり、それが馬車の空間を狭くする一番の要因であるようだった。

 彼は、その鞄の中に収まりきらずにいた黒い剣を取り出し、自分の膝の上に乗せた。まるで我が子を見守るかのような温かい目つきで剣を眺めるその姿は、周囲からしたら不気味なものであっただろうが、幸いこの中にはジン以外の何者も居なかった。


「エル兄、俺はこれからどうすればいい…?」


 そんなことをぼそりと呟いていると、馬車が急に止まり、彼は外が騒がしくなっているということに気がついた。


「ジンくんごめんなさい、盗賊です!荷物を置いて行かないと命は無いと言っています‼︎」

「分かった。俺が行くから、キースは中で隠れていてくれ」


 運転手である青年キースのその声色から、ジンは自分たちが非常に危険な状況に置かれているということを察した。しかし、彼は一切臆することなく、剣を持って馬車を降りた。

 道を塞いでいた盗賊は男四人で、それぞれ短剣や長剣など盗品であろう武器を手に握りしめていた。


「ふぅん、ガキ一人か…。黒髪たぁ珍しいなぁ。奴隷商でも連れて来れば良かったかぁ?ま、なんでもいいから命が惜しけりゃさっさと金目のモン置いてけや!」

「断る、と言ったらどうするつもりだ?」

「…そりゃあ痛い目見てもらうしかないよねぇ?でもさ、オレ様たちにも良心ってものがあるんだわさ。おめぇみたいなガキを傷つけるのは、どうも気が進まねぇんだわ」


 ジンはあからさまにため息を吐き、剣を鞘から抜いた。それは、異様なまでに黒光りしていた。見るもの全てを吸い込んでしまうほどの、この暗闇よりも深い禍々しい漆黒の剣。

 つばが無く、それを握る手が守られていないという特徴的な形をしている。


「あぁん?こちとら魔法階級は4あるんだわ。そんな汚ねぇおもちゃの剣でやられるほど、ヤワじゃあねぇぜ?」

「……そうか、それは本当に残念だ」


 彼はそう呟きながら剣を強く握り締め、男たちの前から姿を消した。その刹那、盗賊ひとりのうめき声が薄暗い森の中に響いた。

 ジンは、彼らに瞬きをする間すら与えることなく背後を取っていたのだ。


「まずは一人」


 どうやら男は鞘で腹部を強く突かれたようで、地面に倒れ込んで腹を押さえているような体勢で気絶していた。そんな様子を見た他の仲間たちは、慌ててジンから距離を取り、一斉に手の平を彼のほうへ向けて大きく口を開けた。


「アロー!」


 そう力強く叫ぶと同時に展開された魔法陣から、彼を目掛けて無数の魔力の矢が目にも留まらぬ速さで飛び出した。

 放たれた矢たちは意思を持たず、ただ一直線に進み、木の葉を打ち、岩を砕く。


「お前たち…っ!それだと自分の仲間まで傷つけてしまうぞ!」


 ジンは最小限の動きで矢を躱し、気絶した男に当たりそうなものは剣で防ぐようにした。

 しかし、それでも全て躱しきれたわけではなく、その激しい弾幕が終わる頃にはジンの身体にはいくつかの擦り傷が残されていた。幸い致命傷は負っていないようだが、かなり体力を消耗してしまっているようで、彼は肩を上下に揺らしながら呼吸をしていた。

 そんな彼が、頬から流れる一筋の鮮血を拭いながら問う。


「はぁ…はぁ…、仲間ごとやるつもりだったのか…?」

「ひゅー、こりゃご丁寧にどうも。そんな役立たずなんて、別に捨てちゃって良かったんだけどなぁ?」

「…そんな簡単に捨てられるような命があってたまるか!」


 ジンは真正面から、盗賊たちとの距離を一気につめた。その行動は相手からすると、考えもなく飛び込んできただけにしか見えず、彼らは口角を上げながら剣を振り下ろし、彼の動きを止めた。


「オレ様の剣を受け止めるだけじゃ意味ねぇんだぜ?」

「うおぉぉぉぉ!」


 雄叫びを上げながら、残り二人が一斉にジンに斬りかかろうとした矢先、彼らの足元に小さな魔法陣がひとつずつ展開され、二人は足を滑らせて地面に叩きつけられた。

 そこには、小さな氷塊のようなものが残っていて、どうやらそれはジンの発動させた魔法のようだった。


「…お前たち盗賊は、他人の足元見るくせに自分の足元はちゃんと見ないんだな」

「——ガキのくせにナメやがって…」


 剣を受け止めながら、ジンは相手に足を引っ掛け、体勢を崩したところに腹を思い切り剣の柄頭で突いた。そのまま、再び起き上がり彼に斬りかかろうとする残り二人の斬撃も上手く躱し、腹や頸に打撃を入れて瞬く間に気絶させてしまった。


「はぁ…はぁ…」


 肩で息をしながら、彼は剣を鞘に収める。その身体の傷からは、いくらか血が流れ出したままとなっていて、ジンはとても消耗している様子だった。

 それを見たキースは、慌てて彼のほうへ駆け寄る。


「すみません、ジンくん!見ているだけでなにもできなくて…!大切なお客様だと言うのに…!」

「気にしなくて良いよ。それより、あいつらを縄で縛っていてくれないか?武器を取り上げればなにもできないだろうし、ここはシヴァルヴィの近くだから、放置しておけばギルドの兵士が来てくれるはずだ」

「分かりました。やっておきますのでジンくんは、馬車で休んでいてください!」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 ジンは言われた通り馬車の中へと戻り、深く席にもたれかかった。

(…俺は強くならないといけない。大切な人をもう二度と失わなくていいように)

 剣を強く握りしめてジンはそう決意し、いつの間にか深い眠りについていた。


「…やれやれ、こんなに可愛い寝顔しちゃって。ジンくんはまだまだ子どもですね」


 盗賊を縄で縛り付け終えて戻ってきたキースは、そう言って微笑みながらジンに薄手の布団をそっと掛けてやった。


 ・ ・ ・ ・


 心地良く左右や上下に揺れる馬車の中、ジンは窓から差し込んだ光にあてられ、目を覚ました。

 身体を起こしてみると、窓の外にはシヴァルヴィとは違う街が映っていた。

 彼が目を覚ましたことに気がつくと、キースが声をかけた。


「そろそろ着きますよ、ジンくん。傷は応急処置はしておきましたが、まだ痛むようでしたらちゃんと診てもらってくださいね。裁縫は苦手なので、服は縫えませんでしたがね…ははは」

「キース、手間かけさせたな。すまない」

「いいんですよ、これくらい。ジンくんと…そしてエルノードさんには、いっぱいお世話になりましたからね」

「そっか…」


 その名を聞いたジンは、少し表情を暗くさせた。エルノードというのは、どうやらジンがエル兄と呼ぶ男の本名のようだ。孤児院で呼ばれていたエルという名は、いわゆる愛称というものだろう。


「……やっぱり、今でも後悔していますか?は自分のせいだって」

「そう、だな」

「…エルノードさん、いつも言っていましたよ。ジンは俺の可愛い弟だ、泣かせたらただじゃおかねぇぞ、って。だから、涙を拭いてください。そんな哀しそうな顔をしたきみを、彼は見たくはないはずです」

「そう、だな…」


 どれだけ拭っても溢れ続ける涙をジンは両手で隠し、何度も嗚咽した。

 しばらくそうして、涙がおさまる頃、馬車が止まり、キースがゆっくりと口を開けた。


「着きましたよ、灰の街——センドレに。行ってらっしゃい、ジンくん」

「あぁ、行ってきます」

「…エルノードさん、彼は想像以上に立派な子に育ちましたよ」

(あなたが彼を選んだのは、間違いではなかった。彼ならきっと大丈夫です)


 街の中へと進んでゆく彼の後ろ姿を眺めながらキースはそう呟き、姿が見えなくなると、シヴァルヴィに向けて再度馬を走らせた。

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