センドレの養成学校
編入
第1話 ジン・エストレア
とある晴れた日の晩、シヴァルヴィという町の端にある小さな孤児院の中は、なにやら騒がしくなっていた。
「よしっ!忘れ物はなさそうだね。……それにしても、ここに来たときはあんなにも小さかったジンが、今はこんなにも立派な男の子になってねぇ…」
そう言いながら、ジンという黒髪の少年の頭を撫でているのは、この孤児院の院長であり、子どもたちの母親代わりでもあるユイス・フローリアだった。やや細身の高身長で、腰まで伸ばした綺麗な赤の髪が特徴的である。
優しさと慈愛の溢れた表情で彼の頭を撫でながら、時折流れる涙を指で拭っている。
「…俺はもう子どもじゃないんだ、ユイス。だから頭を撫でるのは、ちょっとよしてくれよ」
「まったく…相変わらずジンは可愛げがないのよねぇ…。小さい頃からそうだし…ほんっと、誰に似ちゃったのかしらね」
やれやれ呆れたな、といったような口調で彼女がそう言うと、隣で立っていた五十代くらいの、白い髭を大量に生やした筋肉質の大男が続けて口を開けた。
「誰ってそりゃあアイツしかいないだろう?ジン
「そうね、あの子——エルに似たのかもしれないわね。……でも、どんなに可愛げの無い素直じゃない子でも、私の愛しの子であることには変わりないわ!」
男がエルという名前を出したとき、ユイスは一瞬表情を曇らせたが、そんなことをジンには悟られまいと話を逸らし、彼を力強く抱きしめた。
「ガハハッ!ちげぇねぇや!…ジン坊、確かにお前さんの可愛げの無さはエル坊譲りだ。だが、アイツから学んだものはそれだけじゃあねぇはずだろ?」
「当たり前だろ、俺はエル
「…あぁ…っ!あぁぁ…っ!じんぼぉぉぉ!」
(いつの間にこんなイイ男になっちまってたんだよぉ!)
男は先程までの威勢の良さを失くし、膝から崩れ落ちて大量の涙を流した。その姿はまるで、飼い主を亡くしてしまった子犬のようで、ユイスはそんな彼を見てクスリと笑った。
「…もう、あなたがそんなにも泣いてどうするのよ。ジンが行きづらくなっちゃうでしょ」
「うぐっ…でもよぉ!でもよぉ…!」
「はいはい、落ち着いて、その鼻水気持ち悪いからさっさと拭きなさい」
「なんか先から俺の扱いひどくねぇがぁ⁉︎うわぁぁん!」
「ジン…ごめんねぇ、ちゃんと見送ってあげられなくて。本当はふたりとも笑顔で見送ろうって話だったんだけどね。ほら、あっちでもやること多いだろうから早く出なさい。この涙腺崩壊ジジイは、私がしっかり面倒見とくから」
ユイスは男の背中を軽くポン、ポンと叩きながらジンに向けてそう言った。そんな彼女の優しい笑みも、どこか別れの寂しさを含んでいるようなもので、それにはジン自身も気づいている様子だった。
しかし、ここで躊躇ってはいけないと彼は決心したのか、彼女と同じように強がって微笑んでみせた。これ以上彼女たちに心配をかけてしまわないように。
「あぁ、それじゃあそろそろ行くよ。……あの、今までありがとう」
「…ばかね、それだと一生のお別れみたいになっちゃうでしょ?他に言うことがあるんじゃない?」
「…ユイス、ローレンじぃさん……それと、エル兄。行ってきます」
ジンは腰の高さほどの本棚の上に飾られた一枚の色褪せた写真に目をやって、こくりと頷いた。その写真には、ジンともうひとり、彼の頭の上に肘を置いてブイサインをしている青年が写っている。
「あぁ…!ジン坊…達者でなぁ…っ!」
相変わらずローレンは涙を流し続けているようだったが、それでも、院から出て行く彼の勇ましい後ろ姿ははっきりと捉えていた。
(ったく、後ろ姿までエル坊みてぇに男らしくなりやがって…。アイツも、生きてたら俺みてぇに泣いてたのかねぇ)
ジンが出て行くのを確認すると、ユイスはローレンの背中を強く叩いた。
「いつまで泣いてるのよ、このバカ!おかげで私も泣きそうになっちゃったでしょ!」
「…まぁまぁ、ニセモノだろうと、血が繋がってなかろうと、家族ってのはそういうもんよ」
(…そう、あの日からお前さんは俺たちの大切な家族だったんだぜ)
真っ赤に腫れあがった目を擦り、鼻をすすりながら彼は立ち上がると、近くの大きな窓にもたれかかり、胸ポケットから取り出した葉巻に火をつけた。
「……な〜に語ってんだか。五十過ぎてるくせに結婚もしていないどころか、恋人だって一度もできたことないくせに。モテるために始めた葉巻も意味無かったわね」
「んなっ⁉︎それは言わねぇ約束だろぉぉぉ⁉︎」
ユイスの台詞に動揺を隠せず、ローレンは火のついた葉巻から手を離してしまった。それは躊躇うことなく彼の足の指を目掛けて落下し、ジュワーと音を立てた。
「…んあっぢぃぃぃぃぃぃぃぃっ‼︎」
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