片翼のヴァーミン

寧楽ほうき。

プロローグ:雪の日

白い足跡

 その日、辺り一面は雪で覆われ、景色は全て白銀に染められていた。吐息すらも白く映し出すほどの寒波の中、茶色のレザーコートを着た男二人はザク、ザクと降り積もった雪に足跡を残しながら、陽で明るく照らされる森の中を進んだ。

 ひとりは二十代後半、もうひとりは四十代前半といったところだろうか。フードを深く被っても守りきれていない鼻先は、少し赤みを帯びている。

 木の葉の一枚すら残らぬ木々たちに囲まれた森の中は、どれだけ進もうとも景色が変わることはなかった。しかしそんな中、男たちは遠くのほうに何かが横たわっているのを見つけた。

 背の高い四十代前半程度のほうの男が、ぐっと目を細めながら言う。


「おい、もしかしてあれは人じゃねぇのか⁉︎」

「気をつけろ、なんだか嫌な予感がする。もしかしたら、魔獣が眠っているだけなのかもしれない。なるべく音を立てるな」

「…へいへい、りょーかい。まったく… 相変わらずエルぼうは、まだまだ若造のくせに可愛げがねぇなぁ」

「こんな所で命を落とすよりかはマシだろ?」

「そりゃあ一理あるが、こっちとしてはお前さんがもう少しくらいマヌケなほうがカッコつけれて良いんだがな…」


 腰の剣に手を掛けて、二人は少しずつそれに近づいていく。無意識のうちに呼吸も静かにゆっくりと行っていた。その緊張からか、心臓の鼓動が速くなるのを感じながら進んでいくと、そこに倒れていたのはまだ幼い黒髪の男子だった。

 防寒具すらも身につけずに、頬や鼻先、そして手指までも赤く染めているその姿から、長時間この場所に居たということを容易に察することができた。

 肌を刺す冷たい風が、少年の前髪を揺らす。


「いったいぜんたいどうしてこんな場所で寝てんだろうなぁ…。ま、答えはひとつか…」

「……この子も捨て子ということなのか」


 エル坊と呼ばれていた男は、そう呟きながら強く拳を握りしめ、歯を食いしばった。その顔からは、抑えきれないほどの怒り、そして怨恨が滲み出ていた。

(——どうして人はいつも、無責任に罪なき命を手離そうとするんだ…!)

 もうひとりの男が、その子の息があるのを確認した後に自分の背中に乗せて、踵を返し、咳払いをした。


「さっさと院に戻るぞ。こいつの身体ぁかなり冷え切っていやがる。……もしかしたら限界も近いかもしれねぇ」

「そうだな、急ごうか」


 男たちは、その道中一切の言葉を交わすことなく、へと向かって走り続けた。

 ザク、ザクと新たな跡をその凍てついた大地に深く刻みながら。

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