第5話 問題発生

 ヴァーミンと呼ばれていた隣の少女に声をかけるべきなのだろうか、と悩むジンの肩をとある男子生徒が後ろから叩いた。


「編入生くん、ちょっと良いか?外で俺と遊ばないか?」


 振り向くと、そこに立っていたのは、ジンの自己紹介の際に孤児院から来たということに嘲笑していた人物だった。

 ジンはまだ寮の自分の部屋に行けていないということもあり、一度は断ろうかとも考えたのだが、クラスメイトからの初めての誘いを拒むのは流石に申し訳ないと思い、大人しく付いて行くことにした。

 連れてこられたのは人気ひとけのない校舎裏で、もうひとり他の男子生徒が先にそこで腕を組みながら待ち構えていた。

 陽の光のほとんどは木々で遮られ、薄暗くなったそこでいったい何をするつもりなのか、ジンには検討もつかなかった。しかし、そんな彼にひとりが説明をするかのように言い始める。


「…お前は孤児院から来たんだってなぁ?どうだ、そんな平民が女子たちから持てはやされる気分は」

「どう、と言われても俺はなんとも思っていないが…」


 相変わらず無愛想に、そして落ち着いたままの声色でジンはそう返すが、その様子が男子生徒ふたりを逆上させてしまった。

 自分たちのことなどあまり相手にしていない、というような彼の態度が気に食わなかったようだ。


「あんまり調子に乗ってると、痛い目に合わせちまうぜ…?」

「今すぐここで泣いて土下座するって言うなら、許してやらないこともないんだがなぁ。お前みたいな平民が居ると、学園の質が悪くなっちまうんだ」


 二人は拳を握り、関節をパキパキ、と鳴らし始める。威嚇のつもりなのか、それとも人を殴る前のルーティーンなのか。とにかく、彼らがジンに対して攻撃しようとしていることは確かであった。

 ジンは彼らの相手をする必要は一切ないと判断し、こう言う。


「もう戻ってもいいか?まだ寮の自分の部屋にすら行けていないんだ。知っての通り、俺は今日来たばかりで早く荷物の整理をしたくてな」

「…っ!どれだけ俺たちをバカにしたら気が済むんだ、お前はぁ‼︎」


 突然ジンに二人は殴りかかるが、彼は躱すことすらせずに、その拳を無抵抗で受けた。

 まずは頬、そして腹が鈍い音をたてる。それでもなお、ふらつきながらも立ち続ける彼にふたりは攻撃を続ける。反対側の頬や額、と繰り返されていくうちに、ジンの身体には数えきれないほどの痛みが蓄積してゆく。そして彼が地面に背中をつく頃には、擦り傷や血が全身に残されていた。


「どれだけ貧乏になったら、そんなにも弱くなれるんだ?これに懲りたらもう二度と調子に乗らないことだな。…孤児院育ちのジン・エストレアくん」


 それだけ言い残し、彼らが立ち去ってからしばらくすると、地面の砂を踏みしめるひとつの足音がジンのほうへと近づいて来た。それは、大の字で横になる彼の頭上で止まった。

 彼の視界の端に綺麗な銀の髪だけが映り込むが、それが誰なのかを判断させるには十分なものであった。

(あの窓際の子か…。俺に何か用かな)


「…どうして抵抗しなかったのよ。あなたの魔法ならどうにかできたはずよ。それに、その腰の剣はなんの為にあるのかしら」

「『憎しみに身を任せるな』俺の大切な人が最期に遺した言葉だ。それに、残念ながら俺の魔法階級は2だ。それもほとんど1に近いな…」

「……そう。ごめんなさい、私の勘違いだったのかもしれないわ。失礼したわね」

「いいさ、俺のほうこそ、こんなみっともない姿を見せて悪かったな。えっと…ヴァーミンさん…だっけ?」

「…っ!二度とその名前で呼ばないで」


 彼女は眉間にシワを寄せ、強くそう言ってからすぐに立ち去ってしまった。

(いったいなんだったんだ…)

 ジンは制服についてしまった土を払いながら立ち上がる。


「ジン・エストレア…で合ってたっけ?今の発言は、流石にアウトだったな」


 そんなことを言いながら近づいてきたのは、ジンと同い年くらいの男であったが、それがいったい誰なのかは彼には理解できなかった。


「おっと失礼、俺はお前と同じクラスのアキラ・ガングロードだ。宜しくな、ジン」

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