第35話ソフィアは受験する
エリザベスの顔が女の子がしてはいけない顔になってしまっているが、天然なアリーはつい言ってしまった。
「エリザベスお姉様、特待生試験を正式に受験すればいいだけではないれすか?」
「そ、そうよね! アリー! あなたにしては良く言ったわ!」
「えへへ」
「......もう、アリーったら」
何故かソフィアが困った顔をする。
「あなたも試験を受けますか? 金貨1枚としかるべき魔法関係者の推薦があれば受験は可能ですよ」
「ほ、本当ですか? お父様! 推薦状はお願いね! ハワード男爵へはアリーでも押し付ければいいわ。だって、絶対落ちるんですもの!」
助け船を出したアリーに対して随分ないいようである。とにかくエリザベスは色々あれだった。ちなみに彼女が何度も魔法学園の試験に落ちるのは筆記試験の点数と面接で失礼な発言が目立ったためだった。
「失礼ですが、エリザベス嬢のご年齢は?」
「年齢? 関係がありますの?」
「関係あります。ご年齢はおいつくですか?」
「……今年で十九ですわ」
ラナは沈痛な面持ちになると、ため息を吐くような声で伝えた。
「受験資格がございません。王立魔法学園・特待生試験は十五歳から十八歳までが条件となっております」
「な……な……なぁっ!」
「(ひぃぃぃぃっ! 顔が化け物っ!!) 」
アリーはエリザベスが人間がしてはいけない顔になっているのを見てビビッていた。
「ではソフィア嬢、アリー嬢、冒険者ギルドに案内してちょうだい」
「かしこまりました。それでは、失礼します」
ソフィアがラナをエスコートして、アリーも後からついて行く。
「アリーッ! よくも恥をかかせてくれたわね!」
「(ひぃ! 般若にロックオンされたぁ!)」
自業自得だが、アリーは般若、もとい長女のエリザベスにこれでもかと睨みつけられた。
ソフィア、ラナ、アリーが白馬を連れて冒険者ギルドに向かって歩いて行った。
グラキエス家を離れて行くアリーにエリザベスが罵声浴びせかける。
「アリー! 試験に落ちたら、ハワード男爵に嫁がせるからね! あなたにはお似合いよ! ちなみにハワード男爵は今年で60歳になるけど絶倫だそうよ! 魔力0のハズレスキルのあなたにはそれでもいい待遇よ! いいざまだわ! ギャハハハハッ!」
「アリー嬢の合格は七賢人が一人、氷の魔術師ウィリアム・アクア様の推薦状があることから、ほぼ確定事項です。エリザベス嬢も試験を......失礼......年齢が無理でしたね」
「……なんですってぇぇぇぇぇ!!」
騎士ラナも流石にアレな長女エリザベスに腹がたったのか、かなり辛辣だ。
地獄の底から聞こえて来る系の声を出すエリザベス。
「(だめだ……エリザベスお姉様が魔人化している……多分)」
そんな顔になってる長女。流石に父親のジャックでさえ、愛娘から目を背けている。
赤子がいたら泣き出してしまうこと、間違いない。
「(ひいいぃぃっ! これ以上機嫌悪くなったら、こ、殺されるよ! ラナさん止めてぇ)」
「(きっかけは君だから、ラナさんの責任じゃないよ。ちゃんと責任とって、ちょっと痛い目にあったら? 君、無自覚でも、人を傷つけるのは良くないよ)」
聖剣がアリーに突っ込む。流石に黙ってられなくなったのである。彼の心の中はこうである。
『どうしよう。アリーをいじるの面白過ぎる』
アリーの願いもむなしく、エリザベスは般若の形相に、奥歯を噛んでいるのか、奥歯が砕けそうな音がギリギリと聞こえて来る。
「(ああ、これはあかんやつだ)」
アリーは一人、覚悟を決めた。刺される。そう確信した。
こうしてアリー達は長い間住んでいたグラキエス家を離れて行った。
気が付くと、姉のソフィアが手を繋いでくれていた。ソフィアの手のぬくもりを感じ、恵まれていなかった過去を振り返る。
古い屋敷、散々古代書を読み漁ったアリーの粗末な屋根裏部屋。……それらがもうすぐ遠い記憶になる。
「(さよなら私のおうち......みんなで......一緒にご飯を食べたかったなぁ)」
最後まで叶わなかった夢を諦めたアリーは再び自分の実家を振り返った。
すると、見たくもない長女が般若の形相で追いかけてきた。
「アリー! 死ねぇぇええええええ」
「(うう、最後に家族からかけられた言葉がこれって、私って......)」
「(自業自得だよ)」
「(聖剣さん。酷い)」
「(......アリー)」
アリーがいつものように自分のことを魔剣と煽らないことで、本当にアリーが傷ついていると悟ると、聖剣は沈黙した。
ソフィアは治癒魔法クラスが希望だ。
試験は「治癒魔法実技」、「筆記試験」、「面接」が行われる。
みな難問であり、本格的に人材を求めるものだ。
――数時間が経過した。
「ソフィア・グラキエス嬢の試験結果を伝えます」
「……はい」
ソフィアの周りは空気が張りつめる感じがした。当然である。エリザベスは怒りのあまりソフィアのことを失念していたが、合格すれば王都の魔法学園特待生、将来も約束される。一方、落ちればハワード男爵の妻は……運命の瞬間であった。
「筆記試験満点。実技満点。面接、優。よって、試験は合格です!」
「……ッ!」
ソフィアの大きな目から涙がこぼれる。歓喜の涙だ。
「おめでとう、ソフィア嬢。過去最高得点での合格よ。特に、筆記試験が満点なんて……。あなたは主席入学よ」
「……ありがとう……ございます……!」
「キルクルス先生のおっしゃった通りだわ。あなたのような素晴らしい人物に出逢えて、嬉し...いです」
「そんな……こちらこそ光栄です……」
ソフィアはこれまでの閉鎖的な実家、横暴な長女、領地経営もできず、娘を売り飛ばして金を工面しようとする父親。それで学校を退学させられて60歳の金持ちのじじいに嫁がされそうだった身の上から解放されたことに喜びを感じていた。
「ハワード男爵と言えば王都まで噂が聞こえるひひじじいよ。それに、あなたのお姉さん、失礼だけど、性格がちょっとアレね。私の姉にそっくり」
「ラナさんも?」
「ええ、私も同じ境遇だったわ。凄く年上の見たこともない婚約者を作られそうになったし、あなたのお姉さんとそっくりな私の姉。ああいう人達を相手にするのは......いばらの道ね。今までよく頑張ったわね」
「アリーが、アリーが一緒だったので……耐えることができました」
「妹さんに感謝ね。私にもこんな可愛い妹がいたら......さあ、次はアリーさんの試験よ。七賢人が一人になる人物の試験官となれたことに感謝するわ。あなたはこれから出発するのよ。実家に帰ってはダメよ。多分、二度と帰ることはないわ。でも、あなたの未来は輝いているわ。これから自分のため、我が国のために精進して立派な大人になってくれることを切に願うわ」
「......はい!」
こうしてソフィアは合格し、後はアリーの形ばかりの試験が行われるだけとなった。
だが、二人共忘れていた。......グラキエス家には最も性格がアレな母親がいることを。
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