第34話女騎士はアリーとソフィアに受験させたい

アリーとソフィアが朝食を二人でとって、身だしなみを整えると、なにやら外が騒がしくなった。


「騎士様が来たわよ!」


「ワシはまだ悪さは!」


「大変よ! お父様!」


辺境のグラキエス男爵家の人々は、皆、突然のことに驚きの声を上げていた。


「アリー、きっと試験官の方よ」


「え? お姉ちゃん、どういうこと?」


「魔法学園の特待生試験が早まったのよ。キルクルス先生へお願いしてたの」


「キルクルス先生って、あのお姉ちゃんの優しそうな魔法の先生?」


「そうよ。昨日、魔法伝文が来たの。試験を早めてもらえるって」


ソフィアの特待生試験はキルクルス先生の手引きだった。彼は自分の教え子がいずれ女好きの貴族の妻に無理やりされるなど、哀れでならなかった。それで、彼女に特待生試験のことを教え、手筈を整えていた。とはいえ、さすがの彼も試験を早める程の力はなかった。それを可能にしたのはアリーの存在だった。彼はアリーのことを魔法学園の試験官に伝え、日程を繰り上げてもらうことに成功していた。もちろん、七賢人が一人、氷の魔術師ウィリアムの折り紙付きだ。アリーとソフィアは二人で手を繋いで外へ出た。


父親のジャックや長女のエリザベスも慌てて外へ出ていた。


「(うわあっ! 女騎士だ! カッコいい! きっと、くっ殺要員だ!)」


アリーは古代図書から仕入れた失礼極まりない感想を胸に、白馬に乗った騎士を見上げた。


辺境には似つかわしくない、洗練された姿の女騎士が白銀のハーフプレートとミスリル銀の剣の束を朝日を反射させている。


「これは騎士様。こんな辺境の街の男爵家へようこそおいでくださいました。ワシはこの地の領主、ジャック・グラキエスでございます。突然で何の準備もなく、申し訳ございません」


父親のジャックが丁寧に騎士に声をかけるが、その目は女騎士をなめまわすように見る。


何を考えているのかは想像に容易い。


女騎士は青い髪に赤い瞳の理知的な容貌を持ち、毅然とした態度を崩さないが、男爵家の家長が挨拶をすると、馬から降りて騎士の礼を披露する。


鞘ごと剣を外し、柄を相手に向けて差し出し、左膝をたて片膝をつく。


ジャックは慣例に従い、剣の束を女騎士に返した。


「突然の訪問を失礼いたします。私は、王立魔法学園・特待生試験担当、イニティウム伯爵家三女、ラナ・イニティウムと申します。あなたのお嬢様方に用向きがございます。お嬢様方はいらっしゃいますか?」


「エリザベスにソフィアとアリー……三人おりますが……はっ! もしや長女のエリザベスが王立魔法学園の目に留まったのですな!」


ジャックは特待生試験には可愛い長女のエリザベスが相応しいに違いない、という先入観からの発言した。


「エリザベス嬢? 聞いておりませんね?」


女騎士ラナ・イニティウムはこの家に三人の娘がいることを見て取ると、うなずいた。


「……だいたいの事情は聞いております。受験頂くのはソフィア・グラキエス嬢、アリー・グラキエス嬢の二人のみです。お二人は正式な手続きを踏み、王立魔法学園の特待生の試験を受けることになります。結果は本日中にわかるでしょう」


「王立魔法学園 ……特待生……??」


突然のことに呆然とするジャック。


「この制度の都合、家長であるジャック殿が知らないことは無理なからぬことでしょう。お二人を紹介いただけますでしょうか?」


女騎士が厳しい口調でジャックにアリーとソフィアを紹介するように申し出る。


「待ってください! アリーはともかく、ソフィアは婚約が来週成立します。それでは大損害ではないか? 何のためにこれまで育てて来たと思っているのだ!」


「女性をただの道具としか見ていないと? そのための特待生試験をご存じないと?」


「そんな話は同意できん! ハワード男爵からは金貨1000枚を約束されているのだぞ! 大損害だ!」


女騎士は騎士の礼として膝まずいていたが、立ち上がり、剣を抜いた。


「王立魔法学園・特待生試験担当官として看過できない発言です。力ずくでもソフィア嬢には試験を受けて頂きます。反抗するのであれば、王への反逆と見做し、成敗いたします」


凛とした声で、有無を言わさない態度で女騎士はジャックを睨む。


流石に王を敵に回すほどジャックも馬鹿ではない。一歩後ろずさると、観念したかのような顔で苦渋に満ちた声で呟いた。


「次女のソフィアはそこの黒い髪の娘です。アリーは金髪の貧弱な娘の方です」


「ご自身の娘を貧弱だなどと......その発言は素直にお二人を紹介頂けたことで不問としますが、気を付けられた方がよろしいでしょう。王は女性の立場を改善したいと考えておられる」


「な、なにぶん辺境の男爵の身、王都の最近の事情などは疎く、ご、ご容赦を」


完全に観念した父親ジャックは素直に釈明をした。ここで騎士団の女騎士と対立すれば、王に背く反逆者と見られかねない。当然の反応だ。


女騎士ラナ・イニティウムは華麗な仕草で剣を束に戻すと二人に声をかけた。


「ソフィア・グラキエス嬢、アリー・グラキエス嬢、お二人には試験を受けて頂きます」


ソフィアとアリーは女騎士の前に出ると、頭を下げた。


「ソフィア・グラキエスと申します」


「アリー・グラキエスと申しまふ」


大事な場面で、微妙に噛んでしまうところがアリーらしい。


「……あなたがアリー嬢ですね。七賢人が一人、氷の魔術師ウィリアム・アクアが推薦する能力楽しみですわ……。よろしい、受験会場の冒険者ギルドに行きます。案内してちょうだい」


「ふぁい。かしこまるまるました」


アリーが目をクルクルとさせていると、ソフィアが綺麗なカーテシーで一礼すると、慌ててアリーもならう。


すると、突然これまで静かにしていたエリザベスから声があがった。


「お待ちください。私にも受験させてください」


長女のエリザベスが眉を吊り上げて、抗議するかのような声を上げた。


「(うわ~、メンドクサイ性格)」


アリーはエリザベスのメンドクサイ性格を十分承知していたが、流石に王都の騎士......それも伯爵家の三女という立場の者への発言に、流石に驚いていた。

そして、エリザベスの顔を改めて見ると心の中で声を上げた。


「(般若だ! 般若がいる!)」


エリザベスはアリーとソフィアに先を越されたかのような錯覚......いや、実際先を越されているのだが、その屈辱感に顔を歪ませ、唇は曲がり、まさに般若の形相だった。


「あなたは......エリザベス・グラキエス嬢ですね?」


「そうです。A級スキル【煉獄】所持者にして、同世代最大の魔力量を誇るエリザベスです」


女騎士ラナ・イニティウムは僅かに眉を潜めた。メンドクサイことに気が付いたのだろう。


「ソフィア嬢とアリー嬢は正式な手続きを踏んで王立魔法学園の特待生試験を受けます。あなたも正式な手順を踏めば受けることができますが、今すぐという訳にはいきません」


「特待生試験? そんなもの、聞いたことがございませんわ!」


なんと、エリザベスは王都の騎士を睨みつけた。


嫉妬のあまり、冷静さを欠いて、失礼な態度をとるエリザベス、流石に家長のジャックが慌てる。


「エ、エリザベス、王都の騎士様なんだよ。失礼のないように......」


「煩い! このハゲ!」


ジャックは確かにハゲているが、例え家族でも言ってはあかんやつだ。


様子を伺っていた女騎士ラナは赤い瞳をエリザベスに向ける。


「王立魔法学園の特待生試験をご存じないと? 失礼を承知で申し上げますが、国王陛下が即位された5年前。女性の社会進出を支援し、優れた人材が社会で活躍できることを目標に、この制度が設けられました。王の即位の宣言を、あなたは知らないと言われるのですか?」


「……グラキエス領は辺境ですのよ! きちんと宣伝するべきよ! あなた方の不手際ではありませんこと?」


「国王の宣言がこの領で告知されていないと? それはあなたのお父様の役割であるという理解がないと? それをわたくし共の不手際だと?」


「そ、それは……」


エリザベスは言葉に詰まり、今度は父親のジャックを睨んだ。


「お父様! どうして私に教えてくださらなかったのですか?」


「だって、一般試験を不合格になるのに......特待生試験なんて」


「お、お父様……!」


「すまん、エリザベス、あと、ハワード男爵 のところへはお前が嫁いでくれ、頼む」


「な、何ですってぇ!!!!」


エリザベスの顔は般若を通り越して妖怪の類になったと一人思うアリーだった。

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