第23話アリーはトカゲさんを救いたい

「(ほんといい人だったね)」


「(そう? 僕にはただの不審者にしか見えなかったけど?)」


「(ぷっぷっ♡ 事情がわからないとそうよね。あの人は私の実家の手の者なの、でも見逃してくれた。なんて優しい人なんだろ)」


『なるほど、そういうことか』


聖剣は一人、納得する。なぜならば。


スパーン


また、1匹、黒竜が額を打ち抜かれて倒れる。


『この山に入った途端、黒竜と遭遇するなんておかしいと思ったけど』


聖剣は納得した。アリーは冒険者試験免除の代わりに、この山の頂上の薬草採集の課題を与えられていた。薬草採集は一番難易度が低い依頼で、新人冒険者が最初に手をつけるやつだ。


だが、山に入って3歩としないうちに黒竜と遭遇して、冷や汗が出た。


黒竜はケツアルカトルより更に上位の竜種で、危険度はSS。これを上回るのはエンシャントドラゴンか、存在事態が伝説と言われる暗黒竜位だ。


あのアメリアのいう変人、アリーを殺すつもりだったのか?


だが、何故こんな手の込んだまねをしたのだろうか?


『やっぱり、変人だな』


何故かアメリアは変人の烙印を押されていた。


「(あれ、なんか今までと違うトカゲさんが出たよ)」


「(なっ!)」


アリーと聖剣の前に現れたのは危険度SSSのエンシャントドラゴンだった。


☆☆☆


その頃アメリアは例によっとプールサイドでトロピカルジュースを飲み、ビキニで日光浴を堪能していた。


「くっくっくっくっ♡」


思わず悪い笑みと声が出る。


「私って、天才♡」


アメリアは咄嗟の機転で、自分の身を守っただけでなく、グラシアス男爵家からの依頼も達成したことに喜びを感じていた。


あのアリーを殺せという無理な任務で自分の評価が下がってしまう。


これまでコツコツと積み上げたモノが全部崩れ落ちる可能性があった。


おそらく、一生で最も深刻な試練を前に自分はそれを見事にクリアしたのだと自負した。


アメリアは薬草とりの課題と偽って、立ち入り禁止区域の魔の山へアリーを行かせた。


あの山は精鋭騎士団が入って3歩で全員の首が転がったという震えあがる伝説がある。生きて帰った者は誰もいない。


「いくら、あの化け物でも、あそこから生きて帰れる訳ないよね?」


魔の山の奥には伝説の暗黒竜が住まうと言われている。


その暗黒竜の住まう洞窟に伝説の薬草『アネモネ』が群生しており、アリーにそのアネモネを採集する課題を与えた。


「グラシアス男爵さまからどんな報酬を頂けるか、楽しみ♡」


そう言った瞬間、魔の山の方から爆音が聞こえる。


「ち、違うよね? 空耳だよね?」


信じたくない気持ちだが、やっぱり? という気持ちが混ざって慌てて魔の山の方を見に行く。


「も、もう、やだぁ......おうち帰りたい、ぐすん」


魔の山の頂上に竜と思しき影と何かが戦っていた。閃光と魔法の煌めきが見えて、アメリアは絶望した。


☆☆☆


「(アリー、僕が君の体を動かす、君は魔法に専念して!)」


「(うん、わかった!)」


聖剣は焦っていた。さすがエンシャントドラゴン、アリーのフリーズ・バレットを額に受けても跳ね返した。


バーストショットも試したが、やはり効果がなかった。エンシャントドラゴンの額は他の竜種と異なり、鱗があり、黒竜みたいに簡単に倒せそうにない。


見ると、エンシャントドラゴンからブレスが放たれ、アリーが氷の魔法盾で防ぐ。


「(空へ! 飛んで! エンシャントドラゴンは飛行能力は低いから!)」


「(うん、わかったよー♡)」


アリーはあまり事態が呑み込めてない。聖剣が必死にエンシャントドラゴンからの攻撃魔法を避けたり、聖剣で切り裂いたりしているけど、アリーにはその深刻さが伝わっていない。


体を操られているので、危機に自覚がない。


「(アリー、エンシャントドラゴンは首の後ろが弱点なんだ! 隙を見て君の魔法を徹底的に撃ち込むんだ!)」


「(はーい♡ かしこまり♡)」


人類の災厄であるエンシャントドラゴンと対峙している自覚のないアリーだったが、聖剣が上手い機動でエンシャントドラゴンの後ろに周り込み、アリーが魔力弾を次々と着弾させる。


竜の首の鱗はボロボロになって、ほぼなくなって来た。


「(アリー、僕に君の氷の魔法を付与できないかな?)」


「(できると思うよ)」


「(すぐにやって!)」


アリーが聖剣に氷の魔法を付与し終わると、聖剣はエンシャントドラゴンの首に聖剣を一気に振り下ろした。


体長30mはあるエンシャントドラゴンの首がずるりと崩れ落ちた。


「(ん? エンシャントドラゴン?)」


ようやく自分が戦っていたモノがエンシャントドラゴンと言われていたことに気が付くアリー、だが。


「(アリー、そこの洞窟の奥に何か......いる)」


アリーが高さ3m位の洞窟の中を覗き込むと、そこには群生したアネモネと小さな黒い竜がいた。


「(可愛いー! ねえ、この子を飼おうよ!)」


アリーが見つけたのは幼生の暗黒竜だった。暗黒竜は1000年に一度、古い体から生まれ変わり、老いた体から幼体へと変化する。


先日のスタンピードの正体は温厚な性格の暗黒竜が幼体へと変化し、力が弱くなったところにエンシャントドラゴンが飛来、この魔の山の主となり、生態系を大きく崩してしまったからだったのだ。


☆☆☆


「......お、終わった」


思わず手に取っていたトロピカルジュースのグラスを落として、アメリアは絶望の淵に沈んでいた。


魔の山の決戦が終わったようだからだ。気のせいか暗黒竜が負けたように見えた。


『愚か者、死ぬがいい』


そんな声が脳内で再生されて、自分の首が転がる様子がやはり脳内に鮮明に映る。


アメリアはガン泣きし始めた。

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