第22話小悪党アメリアは必死に考えたい
「「こ、殺さないで……ください」」
何故か声がハモる。アリーはギルド長がグラキエス家の手の者だとすぐにわかったからだ。
ギルド長アメリアの右の腰にはグラキエス家の紋章が入った短剣がさしてある。
一目で男爵家の手の者とわかる。貴族が紋章が入った物を身につけることを許すのは基本的に一族のみだが、例外的に武勲や成果を上げた家臣への褒美に紋章が入った品を贈る。
アリーはその魔力探知能力で、ギルド長、アメリアが膨大な魔力の持ち主であることと、自身の父親の性格をよく理解していた。
父が自分を抹殺しようとしている。十分、理解できた。自分はそれだけ一族で恥ずべき存在である自覚があった。いや、そう思い込まされていた。
「あの、ギルド長、飲み物と椅子をご用意出来ましたが?」
「ささっ! 座ってくださいまし、アリーさま!」
「え? 私ごときが?」
居心地悪気に渋々椅子に座るアリー。
「あ、あの、私ごときだけが椅子に座っているのは、ちょっと」
アリーは死を前にし、哀れみから自分だけ特別待遇なのだと悟ったが、自分だけ特別はいけないと思った。どうせみんな一緒に死ぬんだからと。
勘違いである。殺せと命じられているのはアリーだけである。他人を巻き込んではいけない。
「副ギルド長! 速攻、全員分の椅子と飲み物を買って来い!」
「は? しかし、全員分だと経費では落ちないかと?」
「金は私のツケでいい!」
はあはあと息が荒いアメリア。
やっぱり全員死ぬ運命だと死を悟るアリー。
一方、アメリアは?
「(なんでこうなった? なんで? この人を痛めつける? どうやって? ねえどうやって?)」
そんなことをすれば死ぬのは自分である。
その時、突然一人の職員が言い放った。
「アリー・グラキエス、貴様は不合格だ!」
「「え?」」
またしても声がハモる。
「ゴミに冒険者になる資格などない。ゴミはゴミらしくあるべきだと……アメリアさまは常日頃からおっしゃておられている」
「言ってたけど! 言ってたけど違―う! ていうか止めてぇ」
お願いだからとまた泣き出してしまう。同時にやっぱりとアリーも泣き出してしまう。
「安心しろ。試験だけは受けさせてやる。一生の思い出になるだろう」
止めてぇ! こいつ、私を殺す気? 私の最後の思い出がこれって、嫌!
職員には予めアリーは無条件で不合格と言っちゃったけど、許して。
はっとして、アリーを見る。アリーは目に涙を浮かべてフルフルと震えている。
見るとオーラは更に増大して、地獄の業火のように見える。
怒りのあまりに打ち震えているのは間違いない。
『—愚か者め、死ぬが良い』
アリーがそう宣言して、この場が殺戮の現場になる未来が見える。
冷や汗がだらだらと出てくるアメリア。
「貴様ぁ! 試験は厳格でなければならんだろ!」
「はっ? しかし、試験なんて金次第といつも?」
「(なんてこと言うのよ! 私の評価を下げないで! 言ってたけど、言ってたけどね!)」
困惑する職員に対して、アメリアのようにオーラを感じることができない他の受験者達は。
「あんなビクビクとした女、試験を受けるまでもなくねぇ」
「はは! いるんだよな。自分の立ち位置がわかんない奴」
「バカじゃないの? あんな性格で冒険者できる訳ないじゃん」
一斉にアリーのことを馬鹿にし始めた。
「(どうする? どうする私!!)」
アリーがその気になれば、この場はバラバラ死体で血に染まるのは必至。もちろん、自分も含まれる。コロコロと転がる自分の首が鮮明に想像できて、怖い。
「アリー・グラキエスさまは合格!」
「「「「「ええっ!!」」」」」
受験者達だけではなく、職員たちも驚きの声を上げる。
「アリーさまは特別課題を受けていただいて、それをこなせば合格です。他の者は私に勝ったら、合格!」
「いや、先程試験は厳格でないとと!」
「お、俺、金貨3枚も包んだのに!」
「わ、私は金貨2枚? 足りない?」
「(せっかくの臨時収入がぁ! もう泣きそうぉ、もう許して!)」
皆の驚きをよそに、アリーが笑顔を見せる。
助かったのだ、アメリアは九死に一生を得たとアリーの前にへたり込む。
「……わかんない。私、もう……何もかもがわかんない」
アメリア以外、全員がアメリアの脳を疑ったが、アリー一人だけ、アメリアに感謝した。
「(命を助けて頂いてありがとうございます。見逃してくれたんだ。なんていい人なんだろう)」
アリーだけが一人、感謝の念を抱いた。
後ほど、受験者が腹いせに半殺しにあったのは言うまでもない。
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