第21話小悪党アメリアは違うと信じたい

グラキエス男爵領の街、ケルン。その冒険者ギルドに一人の天才がいた。


いや、かつて天才と呼ばれた少女がいた。生まれつき魔力に恵まれ、スキル鑑定式では二つの優れたスキルを確認されたエリート中のエリート。


だが、彼女はいまいち才能を開眼できていなかった。二つのスキルのうち、オーラは相手の実力を正確に把握できる能力で、魔法使いとして、極めて有利だったが、肝心な魔法の方のスキル煉獄が使いこなせていなかった。


スキルは万能ではない。努力しなければ十分に能力を発揮できない。しかし、まれに魔力障害により、能力を発揮できないケースがある。ケルンの冒険者ギルド長、アメリアは後者の方だった。そのおかげで、本来なら王都で未来を嘱望される筈だったが、辺境のギルド長という境遇だ。当然、荒んで性格は悪くなった。典型的な小悪党だ。


「アメリアさま、領主さまより魔法伝文です」


「休憩中に無粋だぞ」


そういうアメリアはプールサイドでトロピカルジュースを片手にビキニで日光浴を楽しんでいた。プールはギルドの資金で作り、休憩時間は1日8時間、勤務時間1時間という優雅さだ。もちろん、冒険者達の賃金をピンハネしているからこそ可能なことだ。


「しかし、伝文は至急と書かれておりまして」


「なんだ、それを先に言え!」


「ははッ! 申し訳ございません」


ギルドでのアメリアの存在は絶対である。スキルが十分に機能していなくても、通常の冒険者達にとっては雲の上の存在である。


魔法伝文に目を通すとアメリアはニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。


「(冒険者試験に挑む貴族の小娘をいたぶって、事故を装って殺せか? この小娘、どうしようもないハズレスキルだな。男爵さまが密かに抹殺したいというのも頷ける)」


自分の娘を殺せだなど言う、鬼畜な任務に眉一つ動かさず、むしろアリーの無能ぶりに嫌悪感を露わにする。なぶり殺しにしろという命令にも歪んだ笑みを見せる。


アメリアは小悪党から本物の悪党へと足を踏み外そうとしていた。


「(事故での殺人は男爵家が責任持って揉み消してくださるか、なるほど)」


なるほどと納得する。いくら事故とはいえ、普通、冒険者試験で死人が出たら、それなりの責任が問われる。それを男爵家がもみ消してくれるというのだ。それどころか、成功のあかつきには今より更に色々便宜を図ってもらえるという約束である。


「おい、今日の冒険者試験名簿を見せろ」


「はっ! もちろん用意してございます」


完全に犬と化している副ギルド長だが、彼は重度のドMだった。何げにヤベェヤツにロックオンされていることに気がついていないアメリア。


アメリアが名簿に目を通すと、アリーの名前があった。


「今日は私が直々に冒険者試験に立ち会う!!」


「は? また、初心者を半殺しにされますか?」


「人聞きの悪いことを言うな、私はただ、実力がない者が冒険者になったら、危険だから自ら確認したいのだ」


「大変失礼しました」


もちろん嘘で、時々憂さ晴らしに冒険者試験を受ける者を半殺しにして愉悦するのだった。


実力のある者はオーラのスキルでパスして、安全に弱者だけを選別している、正に小物の中の小物だ。


颯爽とギルドの試験会場に入るアメリア、しかし、入った途端。


「(相変わらず雑魚ばかりか)」


会場に入るや否や、オーラのスキルで冒険者受験者を見るが大半がごみだと判断する。


しかし、最後尾で人影に隠れるようにして、何やら、モジモジとあからさまに小物感のある少女に目をやると。


「(嘘ぉーん!)」


心の中で声を上げる。一番後ろで何やら手の指をこねこねしている内気そうな少女から、溢れかえる暴力的なオーラが出ているのがわかり、焦る。


「(違うよね。あの子、アリーとかいう子なんかじゃないよね?)」


違うよね? といいつつ、ほぼその少女がアリーではないかと想像できてしまい、頬が引き攣る。


グラキエス家は金髪の家系だ。試験を受ける者の中で、金髪はアリー一人。


「(神様、お願いです。違うと言って!)」


「おい、貴様ら! お前達は運がいい! 今日はギルド長自ら試験官を務めて頂けるぞ!」


「ひぃ!」


思わず、悲鳴が出るアメリア。


「ば、馬鹿者! 貴重な受験者に何という言葉使いだ! もっと丁重に! そうだ、特にその一番後ろにいる金髪の少女には今すぐに飲み物と椅子を! 最上級のやつだ!」


「はっ? 一番雑魚をいたぶるのですか?」


「何を言っておるか! スグに用意しろ!」


あまりに突然に主がいつもと違うことを言い出すので訝しむが、素直に命令を聞く副ギルド長。飲み物と椅子を取りにギルドの建物に向かって行く。


アメリアは自分の勘違い、勘違いと信じたいと確認することにした。


「あ、あの、お嬢様? あなたはアリー・グラキエスさま……ではないですよね? ははは」


「え? アリー・グラキエスですが、なぜ私の名前を?」


「ひッ!」


アメリアの想像通りだった。思わず悲鳴が出る、と同時に、


「(こんな化け物を追放とか、グラキエス男爵さまはバカ?)」


というか、


「(男爵さまは……私に……死ねとおっしゃる?)」


アメリアの絶望をよそに、アリーは丁寧にお礼を述べる。


「どうして私ごときの名前をご存知かは知りませんが試験、お手を柔らかにお願いします」


「……こ、こ、殺さ……ないで……ください」


思わず、泣き出してしまったアメリアであった。

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