第16話アリーはちょびっとだけ役に立ちたい

スタンピードとは魔物の群れの暴走をさす言葉である。


大量の魔物の群れが何故暴走するのかは、未だに謎のままである。


大空を飛翔して南に向かうアリー。


「(魔剣さん、5時の方向から強い魔力反応)」


「(え? 何も見えないよ? そんな遠くの魔物の位置がわかるの?)」


「(え? わかるよ。こんなに大きな反応、気が付かない人いないよ)」


『いや、僕は魔法は使えないけど、魔力反応を感じることが出来る魔法使いなんていない。そもそも探知の魔法でも使わないでこんな遠距離から位置がわかるなんて、とんでもない能力だ』


探知の魔法とは、魔素を発信して、跳ね返って来た魔素を検知して、相手の位置を割り出すものだ。その代わりに自身の位置もバレてしまう、使い処が難しい魔法。


だが、アリーは魔法も使わないで、ただ、相手の魔力を検知している。当然、相手にこちらの位置がわかる筈はない。


『僕はとんでもない化け物を世界に生み出したんじゃ?』


聖剣はアリーの能力を疑うことから、その大き過ぎる能力に畏怖していた。


「(いたわ。とかげさんの魔物ね。きっと、先陣の雑魚ね)」


「(え? いや、あれは......)」


聖剣は言い淀んだ。なぜならば、前方に見えた魔物は飛竜。全長10m近い、竜種だ。ブレスや魔力、防御力などは他の竜種より劣るがその飛行性能は断トツで早い。


人間にとっては絶望的な相手だ。何せよ、主力の剣士職が全く役に立たず、弓矢に魔法を付与するか、攻撃魔法で攻撃するしかない。


だが、高速飛行できる飛竜に矢や魔法を命中させることは至難の業だ。


アリーが飛竜たちに近づくと、視力の良い飛竜はたちまちアリーの存在を視認する。


一匹の飛竜がブレスを吐く。


☆☆☆


冒険者達Side


魔物達の先陣をようやく倒し終えた冒険者達は喜び、士気高く、最後の魔物達を迎え撃つ準備を整えたものの、最後の魔物が飛竜20匹以上の群れだと知ると、皆、静まり返っていた。


「お、終わった」


「馬鹿! 戦ってもいないうちに!」


「じゃ、飛竜1匹にだって勝てるって言うのかよ!」


先程まで共に戦い、友情すら感じていた仲間同士が争う。竜種とはそれだけ強力な種族なのだ。災害と呼んで差し支えない。人間にどうこうできる魔物、いや災厄ではないのだ。


「あれは......なんだ?」


誰かが空を指さすと、皆が空を見上げる。


そこには白いドレスを身にまとった、金髪の美少女が白い羽根を広げ、飛翔していた。


あぶない!


大勢の冒険者がそう思った。美しい少女に向かって、1匹の飛竜がブレスを吐きつける。


顔を背けたいと、誰もが思った。だが、誰も顔をそむけることができなかった。


何故なら。


アリーの目の前には氷の結晶の形の盾が発生していた。高速で飛来するブレスを無詠唱の魔法、フリーズ・ブレッドの応用で、盾を作り上げていた。よく見ると、盾は中心と六角形の各位置に配置した氷の塊を中心に作り上げられている。濃い魔力によって作り上げられた盾。


そこに飛竜のブレスがぶつかる。


「......ああ、もう駄目だ」


誰かが呟く。だが、少女の作った盾はなんと飛竜のブレスに耐えた。


それだけでなく反撃した。飛竜のブレスの魔力を吸収した盾はカウンターとなり、飛竜の方に飛んで行った。意表を突かれた飛竜はあっさり被弾してしまう。


たちまち1匹の飛竜が撃墜され、途端に飛竜達の動きが目まぐるしくなる。


はっと息を飲む冒険者達の目の前に少女は降り立った。自分達を巻き添えにしないように、庇うために自分達の前に立つ少女は女神の降臨のごとく神がかっていた。


金髪の髪はワインレッドのリボンで飾られ、胸には青のリボンタイが結ばれていた。


靡く風に揺れる金髪が少女の美しさを引き立て、碧い目は印象的で、乳白色の肌は透き通るほど美しく、頬のみ桜色にほんのりと浮かび、唇に引かれた薄いピンクのルージュがまるで高名な芸術家が作った人形のごとく完全な美を印象づける。


「......あ」


誰かが声をかけようとするが、それは塞がれた。何故なら。


アリーの周りには氷の欠片が惑星の周りを複雑に軌道する衛星群のように無数に周回していた。


そして、一瞬の沈黙が訪れた瞬間


スパーン


無数の青い光の筋が飛竜目がけて一直線に飛んで行った。


冒険者達の上空を舞っていた無数の飛竜達は一瞬で撃墜されていた。


一匹の飛竜が冒険者達のすぐそばに落下する。


飛竜の額には小さな穴が開いていた。そう、アリーの氷の弾丸が飛竜の額を正確に打ち抜いたのだ。


『あり得ない』


その場に居合わせた冒険者達全てが思った。高速で飛翔する飛竜の額を正確に打ち抜く魔法使いなど、この大陸にいる筈がない。確かに飛竜の額には鱗がなく、弱点であることは明らかだが、どこにそこに正確に魔法をぶつけることができる魔法使いがいようか?


それも20匹以上を同時に?


......何より。


目の前の少女は魔法を詠唱したか?


沈黙が訪れた。誰もが同じことを思った。


『500年の後、再び沈黙の聖女様が現れ、この街を救ってくださる』


目の前の少女はまさしく沈黙の聖女に違いない。


誰からともなく、首を垂れた。


冒険者達はばたばたばたと地面にうずくまり始めた。立っている者は1人もいない。


「……ああ、沈黙の聖女様」


「……伝承通りだ、何と尊い事か」


彼らには伝承通り、白いドレスと羽根をまとい、金の髪をなびかせて微笑んでいる古の沈黙の聖女が佇む……沈黙の聖女が見える。そう、500年前の光景が今、再現されたのだ。


「皆、聞け! このお姿を良く覚えておくのだ! そして未来永劫いい伝えるのだ! 我らの救世主 沈黙の聖女様に感謝の念を忘れてはならない。未来永劫忘れてはならないのだ!」


冒険者達のリーダーと思しき者が何か演説を始めるが......アリーは再び空に舞いあがった。


いや、とんずらを決めたのだった。

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