第17話キルグルス先生はアリーを助けたい

「キルグルス先生、それでそちらの方はどなたなのでしょうか?」


「申し遅れました。ソフィア嬢、私は七賢人が一人、氷の魔術師ウィリアム・アクアです」


「な、七賢人さま?」


アリーの姉、ソフィアはキルグルス先生から特別授業を無償で行いたいと申し入れされ、両親に許可を取り、先生と特別教師の男性を迎えていた。


しかし、特別教師が七賢人だなど......七賢人はこの国最高峰の魔法使いに叙勲される称号で、賢者伯の位を持つ伯爵位の上級貴族でもある、男爵令嬢の自分が会うことが叶う人間ではない。


「驚かせてすまない。彼の身分を君のご両親に明かすことは、まだ時期尚早だと思ったのだ」


「わかります。......アリーのことですね?」


「ああ、その通りだ。アリーさんはこれまでの魔法学を根底からひっくり返すかもしれない」


「魔法学を根底から......ひっくり返すなんて」


ソフィアは心底驚いていた。最愛の妹アリーが評価されることは嬉しい。とはいえ、これまでの魔法学を根底からひっくり返すのだなどと言われると、驚きを隠せない。


「......で、氷の魔術師である私を超える小生意気な少女がいるという嫌がらせ、事実なら酷い話ではありませんか? キルグルス先生?」


「相変わらず、君は口が悪いな」


「はぁ、遠路遥々辺境まで足を運ばせて、氷の魔術師の称号を持つ私に自分を超える氷の魔法使いがいるから確認しろと? この仕打ち。あまりに非道ではありませんか? キルグルス先生?」


「君もあれを見れば、放置できんよ。ソフィア君、例の物を見せてくれたまえ」


ソフィアは例の物が何なのか、一瞬逡巡するが、あの落ち葉だと気が付き、胸のポケットから取り出す。


「これがアリー嬢が氷の魔法で開けた穴だと言うのですね?」


「はい。アリーがオリーブの木から落ちる葉を魔法で打ち抜いたのです」


賢者ウィリアムはしげしげと葉っぱを眺めると、視線を前方のオリーブの木に移すと唐突に魔法を唱えた。


「汝は氷、煌めく氷、未来への息吹となり、我が敵を滅ぼす刃なり。フリーズ・アロー」


省略魔法だ。偶然落ちて来た木の葉に向かって魔力の矢を放ったのだろう。


だが、賢者であるウィリアムの魔法は木の葉を打ち抜くことはできなかった。


「忌々しい話ですが、この大陸に木から落ちて来る木の葉を打ち抜く魔法を使える者はおりません。今までは」


ウィリアムは自身の魔法でやはり木の葉を打ち抜けないことを確認すると、ふむと頷き。


「アリー嬢の魔法は100年先の魔法だと断言します」


「ひゃ、100年先?」


あまりのことにソフィアは驚きを隠せない。愛する妹が評価されるのは嬉しいが、あまりの評価に眩暈がする。


「いいですか。魔法と言うのは大きくするのは簡単です。威力を上げても、速度を上げても魔法は大きくなります。先程使ったフリーズ・アローは速度に特化した魔法です。ですが、弓矢のサイズにするのがやっとです」


「アリーの魔法はそんなに凄いのですか? ただの生活魔法の応用なのに?」


「生活魔法のフリーズ・ロックは氷の塊を作るだけの魔法です。しかし、アリー嬢はそれに濃密な魔力を注ぎ、それを射出し、加速させて木の葉を打ち抜いた。違いますか?」


「その通りです。アリーは氷の塊を投げた訳ではなく、魔法で飛ばしてました。多分、加速もさせていたと思います」


腑に落ちないというソフィアの顔に賢者ウィリアムは更に続けた。


「魔法使いが使う攻撃魔法も基本は生活魔法と同じです。ただ、込められた魔力が大きく、複数の術式が組み込まれているだけです。そして、一つの魔法を完成させることは並大抵のことではないのです」


「それは、どういうことですか?」


ソフィアは回復術士のスキル持ちで、治癒魔法を専攻していたから、攻撃魔法の知識は不足していた。


「アリー嬢は新たな魔法を開発したのです。史上最年少の記録になるでしょう」


「え?」


ソフィアはあまりのことに驚きの声を出してしまった。


「それだけではないぞ。ウィリアム君。アリー嬢はこの魔法を呪文詠唱せず発動したそうだ」


「何ですと? この魔法を開発した小娘は詠唱破棄までもできたと言うのですか?」


「いや、違う。詠唱破棄ではなく......おそらく......無詠唱でだ」


「天才としか言えない上に、ミソッカスと言った家族は何処の馬鹿ですか!」


ウィリアムは憤慨するも、そそくさと馬車で帰って行った。魔法協会に報告するためだ。


だが、キルグルス先生も賢者ウィリアムももう一人の天才に気がつかなかった。


ソフィアが何故生活魔法を無詠唱で発動することに驚かなかったのか?


例え魔法に無知であっても、自身ができることを不思議に思う者がいる訳がないのだ。

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