第15話アリーはとんずらしたい
アリーは悪事を働いたもののとんずらする準備が出来ていないため、街の近くの森で食料や薬草などを採集していた。
「(なんだろう?)」
「(どうしたのアリー?)」
聖剣はアリーが何かを感じたことに問いを投げかける。
「(街の南の方から強い魔力の塊がたくさんこちらに向かっている。それに街の中で魔法を使う人がたくさんいる)」
「(なんでそんなことわかるの?)」
「(え? 普通わからない?)」
聖剣はハッとした。この子は魔力を操ることの天才。ならば、微弱な魔力であっても検知することが可能ではないだろうか?
「(君ならわかるのかもしれないな。僕は魔法が全く使えなかったから)」
「(私も生活魔法のフリーズ・ロックしか使えなくて、他の生活魔法は)」
アリーは生活魔法のフリーズ・ロックしか魔法を使えなかった。アリーの属性は水だから唯一氷の魔法のみ使うことができたのだが、アリーの魔法は既に生活魔法だなどと呼べるモノではなかった。
通常のフリーズ・ロックはただ氷の塊を作るだけの魔法。だが、アリーの魔法はその氷の塊に濃厚な魔力を注ぎ、高速で射出し、更に加速させて目標を粉砕するものだった。アリーの魔法はフリーズ・ロックではなく、フリーズ・バレット(氷の弾丸)と呼ぶべき魔法だ。
もちろんアリーに自覚はない。
「(とりあえず街に行ってみよう)」
「(え? なんで? 見つかったら、逮捕されるかもだよ)」
「(僕は正義の使者なんだ。街に何かあったら、心配だから見に行きたい)」
「(じゃ、一人で行ってくれないかな?)」
「(それはできない。君と僕は一心同体だし、君がいないと街の人と会話できない)」
そう言うと、聖剣はアリーの体を乗っ取って、街に向かって走って行った。
「(ちょっと、魔剣さん、私、逮捕されちゃう!)」
「(街の人の安否の方が大切だ)」
「(このはげぇ! 止めてぇ!)」
アリーの抵抗もむなしく、街に無事着いてしまった。
アリーも諦めて、聖剣に協力することにした。どうせ体を乗っ取られるのだから、抵抗するだけ無意味だからだ。
「(南門の前で、魔力の動きが大きいよ)」
「(なら、南門に向かおう!)」
アリーが南門に到着すると、そこは地獄だった。
「い、痛い、だ、誰か助けてぇ」
「し、死にたくねぇ、誰かぁー」
おびただしい冒険者達が重症を負って、痛みに耐えかねていた。
その中にアリーは顔見知りを見つけた。
「エグベルドさん!」
アリーは慌てて副ギルド長、エグベルドの傍らに寄添った。
「エグベルドさん、しっかりして!」
重症を負っているエグベルドさんの顔を膝の上に乗せて励ますアリー。
だが、エグベルドさんの命の灯は消え入りそうだった。
「......エリー......すまない」
エグベルドの視界は既に闇に閉ざされていた。
アリーを自分の妻と勘違いしている。
「......アリスのことを......頼む。本当にすまない」
アリスは二人の愛の結晶、生まれて来る赤ちゃんの名前だろう。
「エグベルドさん、しゃべらないで、傷に触ります」
「アリーさん。このまましゃべらせてあげて」
声をかけて来たのは、受付嬢のお姉さんだった」
「......たくさんの人が亡くなって、生き残った人への治癒薬も......治癒魔法が使える魔法職の方々の魔力も、もう尽きてしまって」
受付嬢のお姉さんの言わんとしていることはわかった。
エグベルドさんは助からない。
このまま、アリーが奥さんのエリーさんだと思ったまま死なせてあげて欲しい。
それが受付嬢のお姉さんの願いだったのだ。
「君と過ごした想いではとても楽しかったよ。
君が私に告白してくれた時は本当に嬉しかった。
今思えば、あの時が人生で一番幸せな時だったと思う。
ほんとうに嬉しくかったんだ。
本当なんだ。
だって他に思い出せないじゃないか?
始めて魔物を倒したときよりも、
副ギルド長に選ばれた時よりも、
一番嬉しかったのは、君が告白してくれた時、
初めてキスした時、あの時の君は可愛かったなぁ。
本当に嬉しかったんだ」
「......エグベルドさん」
アリーの目に涙が溢れんばかりにたまる。そして、一滴、二滴とエグベルドの顔を濡らす。
「アリス。君に会えなかったことが心残りだ。
君とずっと一緒にいたかった。
きっと、エリーに似て、可愛い女の子に育つんだろうな。
きっと、何をしても許してしまう、ダメなお父さんになっただろうな。
君はどんどん可愛く、そして綺麗になるんだろな、それをずっと見ていたかった。
......ああ......ああ。
......本当に......本当に。
死にたくない......なぁ。
......二人と一緒にずっといたかった......なあ。
......ああ、あいして......いるよ......エリー、アリ......ス」
最後の命の灯を妻のエリーと愛娘のアリスへの言葉に使って、エグベルドは逝ってしまった。
「......エグベルド......さん」
ポタポタとアリーの瞳から大粒の涙がエグベルドの顔に落ちていく。
「エグベルドさんは何故?」
アリーらしくないキツイ詰問口調で、受付嬢に聞く。
「副ギルド長は、昨晩の壊滅した中級冒険者パーティが出会った魔物群を不審に思って、調査隊を編成したの。そうしたら、とんでもなく強い魔物達に出会ってしまって......それに、この街の危機は脱していません。スタンピードなんです。この街の全戦力が迎撃に向かっています」
「南の方ですね」
「......はい」
それを聞き取ると、アリーはばさりと背中に白い羽根を生み出し、空を見上げた。
その姿は多くの人の目に焼き付いた。
金髪の髪は風にたなびき、緩やかに広がり美しい曲線を描き、碧い目は吸い込まれるかのように何処までも澄んでいる。周りの人々を惚けさせるには十分な美しさだった。
皆の頭に一つの言葉が浮かぶ。
『沈黙の聖女さま?』
白いスカートが風で膨らみ、白いキュロットスカートのフリルがフルフルと揺れる、そして白い翼から落ちた何枚かの羽根が彼女の周りを包み込み、まるで花が咲いたかの様な彼女が地面を蹴る。
空高く舞い上がる彼女に、それが伝説の沈黙の聖女の再臨だと誰しもが確信した。
その時。
「う、ん? 私は一体?」
なんと、死んだ筈のエグベルドはすっかり息を吹き返した。
それは500年前の聖女と同じ......涙の奇跡だった。
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