第36話

 目を覚ますと、目の前には見慣れた天井があった。

 軍の中でも将軍の地位を持つ者に与えられる私室。そのソファに横たわり、ぼんやりと視線をうつす。


「ん? 目が覚めたのか?」


 話しかけてくるのは、アッシュブロンドを掻きあげる長身の男性――自分だ。


「いったい、何がどうなって――?」


 喉の奥から漏れる声があまりに幼い。


「ああ、やっぱり最後に入れた魂が表に出てくるのか。一度でいいから、またリリィと話がしたかったンだけどなぁ。欲を言えば、メアリー、リディア、菊千代とも。それからそれから、お梅に夕鶴……鈴鹿は元気にしてるかなぁ?」


 残念そうにこちらを覗き込む自分。ここまでくると、さすがのハワードも理解した。おそらく、あの妖刀によって魂を入れ替えられたのだと。


「なぁ、酒呑には会ったか? あいつ、他のみんなと仲良くやってるか? あいつは暴れん坊だったからなぁ。でもでも、わたちが斬ればみーんな友達だ! たくさん友達が増えると、頼光が褒めてくれるんだ! あいつ、今どこで何してるんだろう? いつまで経っても迎えに来ない……話したいことが沢山あるのにさぁ!」


「とも、だち……?」


 楽しげに語る自身の顔を、ハワードは呆然と眺める。

 その頬を、安綱は不意に指で拭った。


「あれ? お前……なんで泣いてンだ?」


 理由はわからない。

 しかし、目を覚ましたハワードの世界は、確かに色を灯していたのだった――


  ◇


 それから数日が経ち、まるっきり無力な幼女のまま、ハワードは自身(の身体)が軍内でやらかしていく姿を見ていた。


 水爆を無断で持ち出した件については優秀なベテランパイロットの部下が手を回して秘密裏に元に戻してくれていたからよかったものの、安綱は支部内の全指揮権があるのをいいことに、三時のおやつ制度の導入、ランチのあとは昼寝――どころか会議中にも爆睡し、部下に写真を撮られては流される始末。


 『仕事とかわかんないから教えて』と、幼女姿である自分をどこにでも連れまわしては膝に乗せて執務しているところを秘書に目撃され、幼女愛者のレッテルを貼られた。

 かと思えば高額な軍の増改築を後先考えずに許可し、『変形ロボになる秘密基地風にしろ!』と書類も見ずに判子を押しまくる。

 日頃ストレスが溜まっていたのか、部下たちはここぞとばかりに無茶な賃上げ要求を書面に起こし、なにもわかっていない自分、もとい安綱に判を押させた。

 ことあるごとに必勝祈願やら祝賀会やら、経費でホテルを貸切りお祭り騒ぎ。しかも、それを自分が一番盛り上がって楽しんでいる。


 中でも一番マズかったのは、道行く幼女に声をかけまくることだ。

 ブラックカードを見せびらかし、『遊びに行こう?』と笑みを浮かべて――

 職務質問の回数は、もはや両手では足りない。


(あああああ! 『聖剣奪還作戦』は失敗に終わったうえ、この有様では。上になんと報告したらいいのだ。上層部を金で黙らせるにもそれなりの額が要る。本命のエクス=キャリバーはおろか錬金の魔剣アゾットも手に入らなかったし、さすがに我が家の財産にも限界が――)


 安綱の『そろそろ飽きたし、帰ろっかな?』の一言に、ハワードは自ら退職届を書いた。


 だが、急に退職することになった自分を見送ってくれる部下は今までにない惜しむような顔をしており、

 『将軍殿、ここ数週間とても楽しかったです!』

 『労働環境を改善し、自ら楽しんで仕事をする姿勢、忘れません!』

 なんて涙をうかべていた。


(人というのはこうも変わるものなのか。楽しい思い出を与え、幼き子どもに救いを与える――魔剣、か……不思議なものだ)


 残った財産で孤児院を建て、子供服やおもちゃ、菓子メーカーを買収して経営することにしたハワード。その収入の大半は、お花屋さんになりたい少女がきっといつか夢を叶えられるようにと、学校関係施設へ寄付された。


 その手腕に誰もが『やはり将軍はできる男だった』『あのときはきっと疲れていたんだ』と評価を覆したが、ハワードが軍に戻ることはなく。

 彼が抜けた軍部では、『将軍殿は幼女趣味に目覚めた説』だけが色濃く残っていたのだった。

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