第37話 第五章 聖剣の試練

第五章 聖剣の試練


 童子切安綱の帰還が知らされ、フラムグレイス独立国の軍本部では祝賀会が行われることとなった。

 誰も知らない『戦争』が誰にも知られないままに終わったお祝いと、安綱の帰還祝い、そしてスコットの歓迎会を兼ねているとのことだ。


 ハワードから幼女に戻った安綱がどうやって帰還するのか不安に思っていたスコットだったが、どうやら英軍の中に協力者を得ることができたらしく、そのおじさん兵士の家でしばらくお世話になり、娘と遊んで、送ってもらったのだとか。

 なんでも『ペンダントを拾ってあげた』らしい。よくわからないが、幼女のコミュ力はすげぇ。


 そんな安綱はごちそうをほっぺいっぱいに頬張って幸せそうな笑みを浮かべている。


「んま~い! チキンの丸焼き、ポテトにサラダに、甘~いお菓子もいっぱいだ! おまけにチョコの滝まであるぞ!!」


「チョコレートファウンテンね。安綱、前に食べてみたいって言ってたでしょ? 今回はがんばったから、ご褒美」


「わぁ~い!」


「あ、ちょっと! 走るんじゃないの! お行儀悪いわねぇ!?」


 クラウ=ソラスに首根っこを掴まれた安綱の様子に、会場にいる皆が笑顔になる。大人しくなって解放された安綱は、思い出したようにスコットに近寄った。


「あ、スコット! 頼まれてたお土産買ってきたぞ! ハワードの黒いカードでな!」


「え? ああ、買ってこれたんだ。ありがとう、安綱ちゃん。ダメ元でお願いしてみたけどよかったよ。でも僕、ちゃんとお金渡したよね?」


「いいんだよ! ハワードの奴が『好きに使え』ってさ!」


「ええ~? まさか、将軍とも仲良くなったの? 安綱ちゃん」


「まぁな!」


 『きひひ!』と笑みを漏らす幼女に開いた口が塞がらない。


「じゃあ、僕の渡したお金は安綱ちゃんのお小遣いにしていいよ」


「わーい! じゃあ、またおじさん家に遊びに行くとき、お菓子買おう! ほら、お土産だ!」


 白い袋からサンタクロースよろしく中身を取り出す安綱。

 大きな包みを受け取ったスコットの顔を、アロンダイトが覗き込む。


「イギリスのお土産? 何を頼んだの? 恋しい味でもあった?」


 不思議そうに眺めるアロンダイトに、スコットは両手で抱えるサイズの袋を抱っこさせる。


「はい、これ。アロンダイトさんに」


「私に……?」


「うん。戦いの前に言ってたでしょう? 『契約者からの贈り物が欲しい』って」


「え、あのときの!? そんな、冗談のつもりだったのに……」


「ふふ、いいから開けてみて」


 言われるままに包みを開けたアロンダイトの顔が、みるみるうちに輝いた。


「わぁぁ……! ふかふか……! 可愛い!! おっきい!」


「僕の故郷で有名な、くまのパティントンだよ。アロンダイトさん、くまとかぬいぐるみとか好きでしょう? だから、君のベッドの上のコレクションに彼も加えてあげて欲しいなって――」


「ありがとうスコット! 大事にするね! ねぇ、あなただと思って抱きしめてもいい?」


「えっ、ちょっ……! それは、どうだろう……?」


「ふふ。今更照れることないのに」


 満面の笑みで喜ぶ彼女に、できることなら王室御用達のジュエリーとかを贈ってあげたい。

 でも、今のスコットではそんなの到底手が出ない。でも、それでも。アロンダイトはこれ以上ない程に喜んでくれた。その様子に、周囲の魔剣も騒ぎだす。


「あ~あ、お熱い! 契約者がいるっていいわねぇ!」


「だなーっ。わたちも新しく探すかな。ラスティは外に出れないからダメって言うし、頼光は迎えに来ないし。なぁなぁ、スコット? お前となら、わたちも契約してもいいぞ!」


「えっ!? 安綱ちゃん!?」


「だって、お前といると楽しそうだもん! 契約者といるわたちはなぁ、も~っとスゴイんだぞぅ! なぁなぁ見たくないか? なぁ!」


 安綱はてちてちと寄ってきてはスコットの腕をぎゅっと抱き締める。


(こ、この流れは――!)


 アロンダイトの方を見ると、ふるふると震えて今にも拗ね散らかしそうだ。


「あ、アロンダイトさん!? 僕は、君の、君だけの契約者で――!」


「なンだよ、ツレないなぁ。わたちとお前の仲だろう?」


 『きひ!』と意地悪く笑う妖刀を、長身の男性が肩車した。


「その辺にしておけ、安綱」

「ダーインスレイヴ! 邪魔すンなよぉ!」


「今日という日はスコット君の健闘を称える日であって、彼を困らせて遊ぶ日ではない」


「なんだよ~! わたちと来ればお菓子も食べ放題なのにぃ! なにせわたちは『十剣』だからな! おこづかいもいっぱいあるぞ!」


「お前のその給料が税金で賄われているということを忘れるな。私達『十剣』は国を守る公僕で――」


「ちぇーっ。説教かぁ? あんまりジジ臭いと娘に嫌われるぞ?」


「なに――!?」


「まぁまぁ、ふたりとも。冗談はその辺で。さぁ、本題に移ろうか!」


 テーブルにオレンジジュースが入ったビーカーをことり、と置いたアゾットは、白衣の裾を引き摺りながらスコットの前まで来ると、恭しく首を垂れた。


「今回は、私達フラムグレイス独立国――『魔剣国家』を助けてくれてありがとう。捕虜として来たキミがここまで私達に協力してくれるとは思ってもみなかった。おかげで英軍を少ない犠牲で撤退させることができたよ。キミが兵器に詳しく、内情に通じていたおかげだ。この場には来れなかったけど、エクス=キャリバーの傷も今は回復している。キミとアロンダイトが戦場に残ってくれたから、処置を早く行うことができたんだ。これはその結果だ」


「そんな……! 僕は、僕と僕の国の過ちを許せなかっただけで――」


「でも、私達が助かったのは事実だよねぇ。それに何より、アロンダイトの契約者として彼女を救ってくれた……今日の祝賀会は、そのお礼でもあるんだよ」


「アゾットさん……」


「そんなキミに、私達はとても感謝している。だからねぇ――」


 アゾットは白衣の裾から手を出すと、スコットに向かって差し出した。


「キミの『願い』を聞かせてくれないか?」


「え……? 願い……?」


「そうだ。『魔剣とは、願いを叶えるものである』それはどれだけ時が経とうと変わることのない、魔剣わたしたちの本質だ。だから、キミへの感謝はその願いを叶えることで受け取って欲しい。キミへの歓迎の気持ちもね。

 なぁに、ここには四振りもの伝説的魔剣がいるんだ。手に入らないものなんてない。『富』『力』『快楽』『娯楽』――なんだって思うがままだ。もちろん、アロンダイトだっている。だから、叶えられない望みなんて無いよ」


 にっこりと差し出される手に、スコットは周囲を見回した。

 自分を歓迎してくれるあたたかい笑顔。そうして、隣にいるアロンダイトを。


「僕の、願い……」


「そうよ。ねぇ、聞かせて?」


 わくわくと自分を見上げる瞳に、スコットは――


「じゃあ、僕は……アロンダイトさんの願いを叶えてあげたい……」


「え? 私?」


「……うん。この国に来て色々とわかってなかった僕を助けてくれたのはアロンダイトさんだった。こんな僕と契約してくれて、君たちの力になれるチャンスをくれた。そんな君に、僕には返せるものが何もない。恥ずかしい話だけど、お金もないし、家もないし、僕は僕しか持ってないから……」


「そ、そんなこと――!」


「僕、知ってるよ。アロンダイトさんが、街行く学生を羨ましそうに見てること」


「……!」


「過ごした時間は短いけれど、僕は君の傍にずっといたんだからそれくらいわかる。本当は、学校に通ってみたいんじゃないの? 普通の女の子みたいに。だって君は、『乙女の魔剣』なんだから」


「そ、それは――」


 もじもじと指をさするアロンダイト。

 伏し目がちでほんのりと赤くなったその横顔が、問いを肯定していた。


「学院の制服、可愛いよね? 着てみたいんでしょう?」

「う……」


「放課後に大好きなスイーツのお店に寄って、買い物をして――」

「うぅ……」


「僕の知る限り、学校には楽しいイベントが沢山ある。文化祭に、修学旅行に……もしこの国の学校が僕の知るような学校と同じなら、僕は君と――」


(前とは違う、華々しい学園生活を――)


 スコットは眼前に伝説的魔剣たちを見据え、願う。


「もし許されるなら、僕はアロンダイトさんと学院に通いたいです。勉強して、この国のことをもっと知って、魔剣がモノであるという世界の見解が誤りであると証明する。でも、今までどおり防壁のパトロールもやらせてください。僕は助けてくれたこの国にきちんと恩返しがしたい。もちろんその時は、アロンダイトさんも一緒に。大丈夫、ふたりなら必ず守れます。どんな敵も通さない。だって僕たちは、誇り高き騎士の魔剣と、その契約者ですから」


「スコット……」


 にっこりと魔剣に向かって頷く契約者に、『十剣』はその願いを承った。


「んふふ、なんて素敵な『願い』だろうねぇ? よぅし! そうと決まれば忙しいぞ。編入の手配に、制服の発注、教材は――あぁ、ちなみにウチの国には大きな学校が二種類あるんだ。西の『特殊戦力研究機構・アーツグレイス学院』と東の『村正私塾』。剣や魔法、先端技術に詳しいのが西で、神仏や刀に精通していて流派が沢山あるのが東。他にも色々と特徴はあるけど、アロンダイトは西洋剣だから西の方がいいかなぁ?」


魔剣わたしたちは振り方、構え方のひとつで結構差が出るものね。その方がいいんじゃな~い? AGアーツグレイスなら私の管轄地も近いし、何かあったときに駆けつけ――あ~! 授業参観とか行きた~い! ねぇねぇ、ディアの『姉枠』で参加オッケーだったりしない?」


「いくら仲が良くても、キミたち姉妹剣じゃあないだろう? だったら無理なんじゃない?」


「え~! ケチケチ! アゾットのケチ~!」


「私に言われてもなぁ……ちょ、やめて! 抱っこしないで! 高いとこ苦手――うわっぷ!? 胸で顔叩かないで!! もぉ! そんなに行きたいのなら、校長のグラムにでも頼みなよぉ!」


「わ~! スコット学校いくのか!? 歳は十七って言ったっけ? そしたら高等二科生? でもでも、スコットは魔剣のことぜ~んぜん詳しくないからなぁ。初等一年生か? え~! だったらわたちも学校行きたいぞ!」


「そうだ、手続きとかメンドーだから、全部グラムに任せましょう。『頂の賢者』とか言っても、あいつも『十剣』なんだから。学院統括の。仕事はしてもらわなきゃね?」


「ふむ。アーツグレイス学院で良いのなら、明日、娘の保護者会に出席する予定だ。校長室に顔を出して直接頼んでこよう。『とりあえずよしなに頼む』と――他に言伝はあるか?」


「VIP待遇でよろしく!」

「わたちも学校行きた~い!」

「ディアに変な男が言い寄って来たらタダじゃおかないからそのつもりで」

「ちょっ、クラウ様!?」


「でもでも~? スコット君がいるんだもの、心配するだけ野暮かしら? 困ったときは彼に守ってもらいなさいな? ふふふっ……!」


 あれよと言う間に入学が決まり、スコットとアロンダイトは中央学院に通うこととなった。

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