第34話

「『――【清廉無垢なる乙女の魔剣アロンダイト・ヴァージン・ヴェイル】』」


 目の前に光が満ちる――

 その輝きの向こうに、純白のドレスを纏った乙女アロンダイトが見えた気がした――


「――毒ガスは!?」


 すれ違いざまに斬った鉄塊は遥か後方に落ちていく。

 すると、あたたかく穏やかな声が響いた。


『――大丈夫。さっきの一撃で浄化したわ』


「あの一瞬で!? すごい……」


『ふふっ、すごいのはそっちの方よ。まさか私も本当にできると思ってなかった。ギリギリの賭けだったの。でも、やるしかなかった。そんな私にいつもの十倍以上の力を出させたのは――スコット。あなたよ』


「僕……?」


『契約者の存在は、魔剣にとって特別――ようやくわかったわ。ありがとう、スコット……』


 その剣は手元に握られているはずなのに、ふわりと微笑む彼女の顔が浮かぶ。

 魔剣は落下していく主を柔らかい装甲で守りながら地上に降ろした。


「女神、か……?」


 災厄の兵器を浄化し、どっさりと仰向けに倒れ込んだスコットの顔を金髪の美少女が覗き込む。ふわりとした髪を耳にかけながら――


「女神なんかじゃないわ。あなたの魔剣――アロンダイトよ。マイロード」


「でもさっき、一瞬。花嫁衣装に身を包んだキミが見えた気がしたんだ……女神みたいに可愛かったよ……」


 自分でも何が起きたかわからずに呆けるスコットは、言語が脳をスルーし恥ずかしい台詞を馬鹿正直に口にする。そんな彼を、『もう!』と赤面しながらアロンダイトは引っ張り起こした。


「契約者って不思議。あなたと一緒なら、なんでもできる気がしてくるの。背中に羽が生えたみたいに身体が軽くて、胸がぽかぽかあったかくって、力がみなぎってくる……ほんとうに、ファンタジーな存在ね?」


 ふふふ! と笑う彼女は魔剣で。

 でも、そんなことわからないくらいに可憐な乙女だった。


 全ての敵を無力化し、まったりと微笑み合っていたのも束の間。

 上空から慌てた女性の声がする。


『危ないっ! どいてどいてどいて~っ!!』


 見上げると、煌めく何かが落ちてくるようだ。透明で見えないはずなのに、鬼気迫る声から風を切って落ちてくる姿が目に浮かぶ。


「クラウ=ソラスさん!?」


 落ちてくる、と言われて咄嗟に受け止めようと両手を広げるスコット。その様子に、クラウ=ソラスは落ちる直前で変身を解いた。美女の姿のまま、どさぁっ! とスコットにダイブする。


「ヤダ~! 受け止めてくれるなんて、スコットくん男気あるぅ! ハグされたくて思わず変身解いちゃった!」


「むぐ! むぐぐ!」


「あははっ! そぉんなトコロで喋らないで? 胸がくすぐったいわぁ。にしても、よくやってくれたわねスコット君。私と安綱を戦闘機で送り届けて、おまけに毒ガス兵器まで無効化しちゃうなんて! 見直した~! っていうか惚れた~! ねぇねぇ、私と契約してみ――」


 たぷたぷと胸を顔面に押し付けて遊ぶクラウ=ソラスに、鋭い視線が向けられる。


「クラウ様……」


「あはっ。あはは……冗談よぉ、ディア?」


 ふるふると俯く乙女は、瞳に涙を滲ませながら呟く。


「ぐすっ……スコットは、スコットはぁ……! 私の、なんだからぁ……」


((うわっ。可愛い~……))


 『本当に、乙女だなぁ』と、図らずもシンクロするスコットとクラウ=ソラス。

 晴れ渡った空に、人と魔剣の笑い声が響き合ったのだった。

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