第30話
「光よ、在れ――【
その瞬間。クラウ=ソラスと安綱の乗った戦闘機から天を貫くように光の柱が昇り、幾重にも重なる光輪を纏いながら周囲の雲を割った。それはまるで、神の使いが「道を開けろ」とでも言うように。
「見えたっ! そこだ……!」
スコットはすかさず戦闘機をハワードの機体に接近させる。
(でも、このままだと……!)
「ぶつかります!!」
『構わないわ、魔剣を突き刺して衝撃を緩和する! でもって、無理にでも乗り込んでやる!!』
『そんなことしたら振り落とされちゃうぞぉ!?』
『安綱っ! あんたも魔剣なら腹ぁくくりなさい!! スコット君、お願い!!』
「は、はいっ!」
「サポートしますっ!」
命じられるまま、スコットは将軍機にふたりの乗る機体をぶつけた。ギリギリと鉄同士の擦れる嫌な音がし、アロンダイトも精一杯の防御膜を機体に張る。その衝撃に、通信機の向こうでハワードの声がした。
『何事だ!?』
『将軍閣下、敵の機体より二名の侵入者を確認! それが、その……何の武装もしていない、美女と幼女です!』
『そいつらはおそらく魔剣だ、人間ではない! 侮るな! 剣の間合いの外からの撃ち抜け!』
『ですがっ、ちょこまかと動きが早すぎて! それに、得体の知れないバリアで守られているのか、銃弾が跳ね返されてしまいま――ぐわぁああっ!』
『きひひひひ! 遅い遅いぃ! ほぅら、バッサリ♪ 幼女様のお通りなるぞ~?』
『なんだこいつ!? さっきから脛ばかりを狙って……うがぁああ!』
『チッ、狙いは水爆スイッチか!? どうしてここにあると――こちらに侵入を許すな!!』
『閣下! 美女が増えました! その数、三、四、尚も増殖中!? まるで幻のように攻撃がすり抜けてしまいます! でも、向こうはこちらに接触が――あふぅ! そんなとこ、触る、にゃあ……!』
『ふふ、うるさいお口ね。蓋しましょうか? 私に堕ちて来なさい……!』
『む、むぐぅ……』
『ぷはっ。あ~でも、口塞いだら将軍の居場所、吐かせられないわねぇ?』
『そんなもん、キンタマ殴って吐かせりゃいいだろぉ? おりゃあ! チェストぉ!』
『な、何をするこの幼女っ――』
ばきっ!
『ぎゃああああッ!!』
『~~っ!? 我が艦にまともな兵士はいないのか!? チッ、厄介なバリアめ……第四部隊!! バリアの術者を射殺しろ!』
(……っ!? 第四部隊だって!?)
それは、スコットの知る限り最も優秀な暗殺部隊だ。精鋭揃いでありながら、あろうことか裏金に応じてその身を転々とさせ、危険度や任務の難易度に関わらず最も金払いの良い部隊に所属するという、傭兵紛いの部隊。
(まさか、少佐から権限を譲渡させるだけでなく、第四部隊まで買収していたなんて……!)
「敵は暗殺のプロです! スナイパーに注意してくださ――!」
言いかけた矢先――
キィンッ……!
(……!!)
目の目で、人影がゆらりと倒れる。
銃弾一発分の小さな傷口から、血を零しながら。
(うそ……まさか……アロンダイト、さん……?)
ばさりと目の前で揺れる金の髪に、血の気が引いていく。だが、倒れたその人影は、遥か前線で囮をつとめていたはずのエクス=キャリバーだった。
「ぐぅっ……!」
「キャリバーお姉様!? どうしてここに!?」
「かはっ……!! はぁ……間に合って、よかった……」
「キャリバーさん、どうして!? 契約者と離れ離れな今のあなたはかつてほどの力は持たないと! だから、無茶をしないという約束だったでしょう!?」
咄嗟に駆け寄り抱きかかえると、エクス=キャリバーはうっすらと目を開けた。
「いくら守りに適したアロンダイトでも、死角からの攻撃には対応しきれない。攻撃が当たっていれば、タダでは済まなかったでしょうから……つい……私なら、間に合うと……」
「そんな……!」
「ごめんなさい、お姉様……! 私が力不足なばっかりに……!」
震えながら手を握るアロンダイトに、エクス=キャリバーはそっと触れる。
「謝るのは私の方です、アロンダイト。私は、同じ円卓の魔剣でありながら、あなたの悲しみを、見て見ぬふりをしていたのですから――」
「え……?」
「アーサーに仕えていた頃、主の罪に気づきながらも彼らの行いをただ見守ることしかできなかった私達は、遂に直接刃を交えることなく、彼らと最期を過ごしました。私は、あなたと同様に、主の行いに対して何をすることもできないという苦しさを知っていたのに。あなたが裏切りの罪悪感に苛まれていることを知っていたのに。あなたが私を『お姉様』と呼び、慕ってくれていることも知っていたのに……何も、してあげられなかった――」
(……!)
「それどころか、ラスティがあなたの中のランスロットの記憶を消すと決めたときも、止められなかった。いいえ、止めなかったのです……私は、あなたとランスロットのことを知っていた。信頼関係で結ばれた、良き主と良き魔剣でした。だからこそあなたは、自分のことのようにランスロットの犯した罪について苦しんでいた。私は、ラスティを止めようと思えばそうできる立場にありました。しかし、無責任にも、どうすればいいのかわからなかったのです……本当に、ごめんなさい……」
「お姉様……」
「これで許してくれとは言いません。でも、せめて――あなたの為に何かしたかった。次こそは幸せになって欲しかった。あなたがスコットという新たな主を見つけたとき、今度こそは――と、思ったのです。スコット……彼女と契約してくれて、本当に、ありがとう……」
エクス=キャリバーは胸の傷を抑えながらも前を見据えた。
鋭い眼光の先にスナイパーを捉え、立ち上がる。
「だから、私は――あなたと再び手を取りあえるこの国を。あなたを笑顔にしてくれる契約者を――二度と、失わせたりしない……!」
その手に再び黄金の魔剣が輝き、光を灯した。纏う空気がふわりとあたたかく、それでいてひりつくような冷たさを放っている。この冷たさを、スコットは知らない。だが、直感的にそれが何かわかった。
これは――畏怖。
「大いなる神よ。人々の希望を束ねし魔剣が、今、貴方へ一筋の光を送り返します。お受け取りください――」
「――【
聖剣の放つ奥義が凄まじい光の奔流を放つ。その光の直線上に存在する数多の兵器は塵と化し、対空ミサイルが遠くの方で黒い炎をあげて燃え盛っていた。
(これが……聖剣……!)
胸に風穴を開けながらも、一太刀で戦況を覆す圧倒的存在。だが、目の前で力尽きた彼女は、ただ無念を晴らそうと、仲間を守るために必死なだけのひとりの女性だった。
「はぁ……私……あなたのために、何かできたかしら……?」
「キャリバーお姉様!!」
アロンダイトの叫び声を聞いて、後方で無人機を相手取っていたダーインスレイヴが駆け寄ってくる。
「エクス=キャリバー!」
「っ……どうして、来たのですか……あなたは、この子達のことを守――」
よろめき立ち上がろうとするエクス=キャリバーを制止し、『見せてみろ』と傷口を確認する。そうしてダーインスレイヴは、エクス=キャリバーを抱きかかえて立ち上がった。
「鉱脈血管の大動脈から出血している。このままでは血中の金属物質が不足し、魔剣としての生命が危ない。お前はここまでだ、撤退するぞ」
「離してくださいっ……! 私には、囮としての使命が!」
「スコット君のおかげでハワードとやらの機体には安綱が無事に潜入した。上空、地上共に半数以上の兵力も殲滅できている。お前を撃ったスナイパーも、先の奥義でおそらく諸共吹き飛んだだろう。もう十分だ」
「でも……!」
「私は、ラスティのために。お前を死なせるわけにはいかない。フランベルジュを失ったときのような顔を、また彼にさせるつもりか?」
「……っ!」
その理由に、エクス=キャリバーは渋々納得した。
「監獄塔まで瞬間転移で運んでやる。その傷ではラスティの持つ鞘におさまる以外癒す手立ても無いだろうから。さぁ、抵抗しないのならとっとと魔剣に変身しろ。このままでは重くてかなわん」
「重っ……!? 本当に、あなたという人は……一言余計なのです……!」
そうして黄金の魔剣を手にダーインスレイヴは足元の影に溶けていく。
その去り際、スコットのことをまっすぐに見つめ、後を託した。
「――すぐに戻る。今しばらく頼んだぞ。絶対に、奴らに水爆を投下させてはならない……!」
「「はいっ……!」」
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