第28話
遥かに広がる青い空。スイスの辺境、鬱蒼と生い茂る森を抜けた先、広大な砂地に蜃気楼のオアシスのごとくぽつんと佇む魔剣の国――フラムグレイス独立国。かつての英雄にして今や世界的犯罪者となったラスティ博士の理想郷。
それは、『人と魔剣が平和に暮らす国』だ。決して、魔剣という人型自律兵器や遺産を独占している反世界的国家などではない。
スコットは、五振りの魔剣の中央に並び立ち、通信機を片手に宣言する。
「ハワード将軍!!」
『……!』
「僕たちは、魔剣国家は! あなたの要求である『聖剣の返還』には応じられません! だって、彼女たちは決してモノなんかじゃないから! この国で生き、主と共に日々を過ごす。たとえそれが罪人の隣だったとしても、『それが幸せだ』って、エクス=キャリバーさんは言ったから!」
スコープ越しにこくりと頷く金髪の美女が見えた。
『あれが――エクス=キャリバー……!!』
見る限り絶世の美女だ。千年を生きて尚あの美しさ――思わずごくりと喉がなる。もしあの聖剣に自分を主と認めさせることができたなら。彼女は常に共に在り、自分を守り、愛し、自分のためだけにその輝きを見せてくれるのだろうか。
(欲しい……! 是が非でも、あの聖剣を我が手に――!)
ハワードの耳にはもう、スコットの話の半分も入ってこない。
思わず通信機に問いかける。
『君の隣にいる者たちはどれも、その……魔剣なのかね?』
「はい。昨日写真をお見せしたでしょう?」
その返答に、ぞくりと高揚感が駆ける。
『素晴らしい……! だが、君が彼女らと並び立つようにそこにいるということは、まさか……君はもう、魔剣を手に入れたということか?』
その刀身はどれほど美しいのだろう。
切れ味は? 世界中の軍を幾度となく撤退させたという未知の力は如何ほどか?
文献によれば、彼らは常に主を第一に考え、その『願い』に忠実に従い、最期まで共に在ったという。
主と魔剣の契約には一種の安全装置――【
それはあくまで言うことを聞かない魔剣を鞘におさめて退避させたり、暴走した際に斬りつけられないようにとの保険らしいが……
人の姿をしているということは、寝食を共にするということか?
あの美しい姿のままで? 自分が老いて死ぬ、最期のときまで……?
いかなる時も傍らに在り続け、望めば夜も奉仕させることができると?
『あぁ、羨ましいな』
思わずこぼれた吐息に、スコットは激昂する。
「『手に入れた』だって!? 彼女たちのことをモノみたいに言うのはやめてください!! 僕は、彼女の力になりたいと思った! その『願い』に、彼女は応えてくれたんだ! だから、だから……!」
怒りに震えるスコットの肩を、クラウ=ソラスが叩く。
「もうそこまでにしましょう。あの将軍ってやつ、どうしようもないくらい欲にまみれた声をしてるわね。興奮したオトコの声は嫌いじゃないけれど、あれじゃあまるでエサをぶら下げられた犬。正直、一秒でも早く黙らせたいわ。スコット君、準備はいい?」
「はい」
手にしたリモコンで戦闘機を呼び寄せるスコット。クラウ=ソラスと童子切安綱が颯爽と飛び乗ると、英軍が一斉に攻撃態勢に入った。
『交渉決裂、だな。全軍砲撃用意! 確保対象は聖剣を含む五本の魔剣だ! できるかぎり生け捕りにしろ! 無人攻撃機、対空ミサイルの使用も無制限に許可する!』
『ですが将軍、ミサイルが直撃すれば生け捕りは不可能かと――!』
『多少の無茶は構わん、どうせ剣になって衝撃を緩和するのだろう? 鋼が折れないレベルなら攻撃をしていい。なぁに、多少の傷なら溶接して修復を試みれば直るだろう。第一攻撃部隊、出撃!』
『い、イエス! 第一攻撃部隊、
魔剣の存在をよく理解できていない部下たちはひとまず空気を読んで、目の前のモノを『敵』だと認識することにした。ドローン隊による無人爆撃機の一群が上空に飛来する。
まったく、どのルートで手配したのかわからないが、ひと塊りで少なくとも百以上……それが遥か向こうまでいくつもの隊列をなして空を埋め尽くしている。次から次へと休む間もなく数で押しつぶす気らしい。その様子に、ダーインスレイヴが前に出た。
「スコット君。あれらは全て、無人か?」
問いかけに、スコットはスコープを覗き込む。
「ええと……はい。全てドローン隊で所有している特攻用の小型機です。第一部隊ということもあり、まずは人命のリスクを冒さずに戦力を様子見するのかと。さすがに初っ端から水爆を仕掛ける気は無いようですね」
「ふむ。では、全機撃墜でいいのだな?」
先日同様に索敵魔法を仕掛けようと地に血を垂らし、描いた魔法陣の上にダーインスレイヴは手を置いた。
「でも、先日とは比べ物にならない数です……! ダーインスレイヴさんの魔法は血を使うんでしょう? 貧血になってしまいますよ!」
「確かに、ここはかつての戦場と違い前線に出ているのは機械ばかりだ。その場で敵兵から血液を補充することができない。攻撃に必要な血は私のものを使うしかないだろう――しかし、撃墜せねば始まらん。我々はあれらの遥か上か、何処かに隠れた将軍とやらの専用機を探さねばならないのだから。エクス=キャリバー、上空の無人機は私に任せ、お前は前に出ろ。前線で囮をこなしてみせるのだろう? ついでに地上の対空ミサイルを無力化してこい」
しれっと言い放つ暗黒魔剣に、スコットは背筋が凍る思いだ。
「いやいや! こんな平地でひとり飛び出したら、恰好の的に――!」
「――構わん。上空からの攻撃も私が魔剣の分身で迎撃してみせる。たとえいくつか撃ちもらしたところでこいつならば問題ないだろう。お得意の光の剣で捌ききってみせるさ。なぁ、聖剣殿?」
「ダーインスレイヴ。あなたはそうやって、いつも私に無茶を――」
「それはお互い様だ。私とて契約者のラスティが不在な今、どれほどの
「でも、やるのがあなたの仕事です」
「ほら、お前も無茶を言う。しかし本当にやれるのか? ラスティから聞いたぞ、『悪夢にうなされ目を覚ます』と――体調は万全ではないのだろう?」
「それは――」
「『声』が、聞こえるのか?」
「…………」
「無念と共に去った主を持つ魔剣にはしばしばあることだ。気にしていては、きりがないぞ」
それは、数多の契約者が血と殺戮を求めて散っていった暗黒魔剣ならではのアドバイスなのだろう。しかし、素っ気ないように思える言葉に反して、その顔には寂しさのようなものが浮かんでいた。
たとえどんな人間であれ、魔剣にとって契約者はかけがえのないものなのだ。胸に染み入るその言葉に、聖剣は前を向いた。
「それでも、やるのが我々の仕事で、誇りです――」
「――だな」
ラスティの魔剣同士、通じるものがあるのだろうか。不敵に笑ってみせる二振りの魔剣に、スコットは包みを取り出して渡した。
「そうだ、コレ。アゾットさんからダーインスレイヴさんに渡すようにって――ラスティさんからだそうです」
「ラスティから? 私に?」
不思議そうに手のひらサイズの包みを受け取る暗黒魔剣。
「アゾットさんいわく、『お弁当』だそうですよ」
「「『お弁当……』??」」
その一言に、エクス=キャリバーが手を伸ばした。
「ラスティからのお弁当!? わたっ、私も欲しいですっ!」
「馬鹿を言え! これは私のものだ! 誰が聖剣なんぞにくれてやるものか!」
先程までの不敵な笑みはなんだったのか。およそ最強とは思えぬ慌てぶりでわぁわぁと言い争うふたり。そのくらいに、『契約者からの贈り物』というのは魔剣にとって、とても嬉しいものらしい。隣で見ていたアロンダイトがもの欲しそうにスコットを見やる。
「スコットからは、私に何かないの……?」
「あはは……この戦いが無事に終わったら、ね?」
「むぅ……約束よ?」
その上目遣いに、全財産を投げ打ってティファニーの指輪を贈りたい。
心なしか嬉しそうに包みを開いたダーインスレイヴは目を見開いた。
「これは――」
(え? 輸血パック……?)
その掌には、ちょこんと赤い血の入ったパウチがおさまっている。
「ラスティの、血だ……」
マスターの手作り弁当を期待していた聖剣はげんなりと肩を落とし、一方で暗黒魔剣は笑みを浮かべた。
「それは、先日アゾットが『軍備の拡充に必要だから』と言ってラスティに致死量ギリギリまで搾り取らせた血液です。まったく、彼女の言う『軍備』が
「ああ、そうさせてもらおう。これがあれば、分身の使い過ぎによる魔力不足と貧血をある程度緩和できるな」
アロンダイトが『愛』を糧とする乙女の魔剣なら、ダーインスレイヴは『血』を糧とする暗黒魔剣だ。契約者の血液は何ものにも代えがたい活力となる。ダーインスレイヴはその輸血パックを栄養ドリンクよろしくぐいっと十秒チャージすると、空一面に漆黒の魔剣を顕現させた。その数――
(千……いや、万!?)
契約者の力を得た魔剣は、通常時の十倍以上の力を発揮する。ダーインスレイヴは満足そうに口の端についた血を舐め、呟いた。
「あぁ、美味かった……」
その顔を見て、エクス=キャリバーが黄金の剣を片手に飛び出した。
「上空の敵と、おふたりを頼みます! くれぐれも水爆の積まれた機体は撃ち落さないでください。スコットさんは、安綱の乗った戦闘機をハワードの元へ!」
「はいっ!」
「ふふ、戦闘開始だ。掃除は任せろ――【
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