第26話

 英軍による聖剣の引き渡しを求める声明が発表され、約束の一週間が経った。返答の期限は正午。お昼を前にしてランチのいい匂いを漂わせる街並みを横目に、スコットたちは黒塗りの車に乗って唯一の『外』との接触の場――大門を目指す。


 クラウ=ソラスと童子切安綱は二人乗りのバイクで、ダーインスレイヴは影を使った瞬間移動魔法で各々先行している。そんな中、スコットはアロンダイトとアゾットに挟まれて五人乗りの後部座席に座っていた。


 緊張のあまりそわそわと膝が落ち着かないスコットは、張りつめた沈黙に耐え切れず口を開いた。


「あの……ラスティさんは、本当に来なくてよかったんですか?」


 その問いに、アゾットがこちらを見上げる。


「ん~、確かにラスティがいれば戦局は大きく変わるだろうねぇ。どれだけの大軍が押し寄せたところで、今も尚エクス=キャリバーとダーインスレイヴという最強の二振りと契約している彼の力は絶大だ。でも、ラスティはあくまであの牢獄から出るつもりはないよ。それは罪を償う決意の表れでもあるし、同時に、彼の中の秩序の為でもある」


「……秩序?」


「そうさ。ここフラムグレイス独立国は、ラスティの作った国だ。彼が定めた法に、彼がそうと決めた安寧、それを守る『十剣』。全てが全て、彼の願う『魔剣の平和』の為に存在している。だからこそ、それを犯した自分自身を罰しなければ、彼は彼の理想を自ら壊すことになってしまうんだ」


「自らの、理想を……」


「それがわかっているから、ラスティは二度とあの牢から出てくることはない。それに、もし仮に出てラスティが戦線に加わることになれば、彼は目に映る全ての人間を殺すだろうねぇ。それほどまでにラスティは欲にまみれた外の人間を憎んでいるし、戦場には彼の魔剣であるふたりが来ているんだ。契約者と共にある彼らの戦闘力は通常状態のざっと十倍。どう転んだって皆殺しにできてしまう」


「……!」


「わかっているんだよ、自分でも。彼の魔剣は無益な殺戮は望んでいない。でも、ラスティは自らの衝動を抑えられるかわからない。だからこそ、相棒の魔剣に無駄な殺しをさせない為にも、ラスティはあそこから出てこないんだ……」


 物憂げな視線が助手席で静かに耳を傾けているエクス=キャリバーに向けられる。

 かの聖剣は、主の『願い』のために傍を離れ、囮として戦線に出る決意をした。

 いつだってそうだった。アーサーと共にあった頃から、エクス=キャリバーは誰かの願いを叶え続ける――『希望を灯す魔剣』だから。

 主が望めば目の前の敵を斬り、守れと言われれば命に代えても守り切る。それが聖剣の使命であり、誇りだ。だが、そんな彼女にも『願い』はあった。


「たとえラスティがいなくとも、彼の望んだ平和の為に。私は私の役目を果たします」


 契約者のサポートがない魔剣は、その実力が十分の一以下に落ちてしまう。長年ラスティと共に在り続けたエクス=キャリバーにとっては、単独で戦地に赴くのは実に百年以上ぶりだった。そのことを心配するアゾットの視線に気が付いたのか、エクス=キャリバーは凛と姿勢を崩さずに告げる。


「私の願いは、ラスティを護り、彼の願いを叶え続けることです。私は――伝説の聖剣。数多の戦争、人類史において、あるときは希望の旗印、またあるときは畏怖の象徴として君臨し続けていました。ですがラスティは、そんな私に初めて声をかけてくれた……」


 キャリバーは目を閉じ、その奥に浮かぶ光景に想いを馳せる。


 あれは、百年以上前のこと。暗くて寒くて、誰も来ないような深い森の奥。苔のたくさん生えた古びた岩に聖剣は刺さっていた。

 来る日も来る日も、時折柄にとまる小鳥のさえずりだけを楽しみに長い年月を孤独に生きてきた聖剣。そんなとき、彼らはやってきた。ラスティと、その相棒のフランベルジュが。

 伝説の魔剣を仲間にしようと、わくわくとしたその瞳が忘れられなくて。そんな純粋な想いで自分を抜こうとした者に出会ったのが初めてだった聖剣は思わず、彼らのことを羨ましいと思った。そうして、一緒に旅がしたいと思ったら――台座から抜けていたのだ。

 そんな彼女に、冒険者だった少年ラスティは声をかけた。


『こんにちは、エクス=キャリバー。ねぇ、キミのことを聞かせてよ。僕らと話をしよう? ひとの姿にはなれるかい?』


 長い歴史の中で、人は彼女を『剣』として望んだ。だから、モノでなくてヒトとして扱われたことは、生まれて初めてだったのだ。

 ――嬉しかった。

 そんなあたたかい気持ちをくれたふたりのことが大好きだった。

 だが、第一次世界大戦の後に発生した災厄、『魔王』を討ち滅ぼす際に、フランベルジュは自らの命と引き換えに世界を救ったのだ。『ラスティのこと、お願いね……』と、言い残して。


 最愛の魔剣を失ったラスティは無念と後悔に打ちひしがれ、醜い世界に絶望した。

 そうして人類の滅亡を望み、不老不死を求めて凶悪犯となった彼は、元より英雄なんて柄でもなくて。ただ魔剣が大好きで、人より少しだけ収集癖が強かっただけの少年。でも本当は誰よりも優しい人。

 そんな彼の為に――聖剣には、まだできることがある。


「私には、譲れない使命がある。想いがある。『願い』がある――」


 エクス=キャリバーは眼前の大門を見据え、監獄塔の最上階で自分の帰りを待つ契約者を思い描いた。


「私は、『彼』を守る。その夢を守る。願いを守る。そして、この国の未来を守る――誰にも、私の願いは踏みにじらせない……! アロンダイト、かつては円卓の仲間であったあなたのことも……守ってみせます、今度こそ」


「キャリバーお姉様……」


「そう、約束しましたから」


(ねぇ、そうでしょう? フランベルジュ……)


 七色に輝く瞳に決意を秘めて、エクス=キャリバーは戦場に降り立った。

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