第25話
その晩。スコットはアロンダイトが寝静まったのを確認し、ベランダで通信機を手にする。
「ハワード将軍。スコット二等兵です、応答願います」
『おお、君か。待っていたぞ。して、我々の声明に対し、そちらは何と?』
「現地にてフラムグレイス独立国の結論を確認致しました。英国の要求である宝剣アゾット及び聖剣エクス=キャリバーの引き渡しはあくまで拒否する姿勢です」
『ふむ。まぁ、想定通りだな。だが、聖剣が実在するというのは本当かね?』
「はい、それは間違いありません。この目で見ましたから。将軍の仰ったとおり、黄金の髪を靡かせるとても美しい女性でしたよ」
『おぉ、なんと……! 素晴らしい!! では、君はエクス=キャリバーの所在を確認した後、すぐにそこを離れなさい。発信機からの信号を確認次第、戦闘機を迎えに行かせよう』
「そうしていただけるとありがたいです。尚、先方の話によれば、アゾット剣は『錬金の秘術』によって国内の魔剣の健康維持に必要な鉱物を錬成する必要があり、手放せないことがわかっています。しかし、場合によっては聖剣だけなら引き渡すことができなくもないとか――」
『なに? それは――私としては願ってもない話だが……』
「ですので、そうなった際、引き渡しの場には全軍の指揮を執る将軍自らにお越しいただきたいとのことです。明日、そのように返答が為されるかと」
淡々とそう述べると、ハワード将軍は通信機越しでもわかるくらいにうっとりとしだす。
『はぁ……まさか、こうも早く願いが叶うとは思ってもみなかった。スコット二等兵、君の協力に感謝する。約束の報酬はいくらでも――』
その言葉を、スコットは一閃した。
「では、その前に。将軍の本当の願いをお聞かせいただいてもよろしいですか? いや、『願い』じゃない……『野望』です」
『…………』
その言葉に将軍は押し黙る。しかし、スコットの役目はその目的を暴き出し、尚且つ、明日の戦場に必ずハワード本人を引き摺りだすことだ。
今日の会議のあと、クラウ=ソラスに呼び出されたスコットはある資料を手渡された。それは、大英博物館とハワード家のやり取り。そして、ハワード家における異常な資金の流れだ。
スコットの元いた『聖剣奪還部隊』が発足してからというもの、ハワード家は著しく入出金額が増えていた。そして、今まであまり無かった大英博物館との癒着が判明したのだ。それに気が付いたクラウ=ソラスは、苦々しげな顔つきでこう言った。
『博物館……要は美術品や歴史的遺産を見世物にする施設なわけでしょう? 私たちは、誰もが知る伝説の魔剣――考えたくはないけれど、こいつ、エクス=キャリバーをダシにして『魔剣美術館』でも新設するつもりなんじゃないの?』
そうして、莫大な金の流れから察するに、ハワード家は所謂闇オークションにも手を出していそうなのだとか。
元より金持ちで歓楽街にも多くの土地を所有しているハワード家。公にはされていないが、ハワード将軍は二十代の頃、高級クラブのオーナーとしてもその界隈で幅を利かせていたらしい。そうして、話の端々から伺える『美人魔剣』へのこだわり……
スコットは深く呼吸を整え、尋ねる。
「ハワード将軍。あなたは、魔剣を売りモノにする高級ナイトクラブを建てるおつもりですね?」
『…………』
「魔剣たちはその刃が朽ちない限り死ぬことはない。しかも、その容姿は総じて見目麗しい者が多く、最も力を発揮できる姿のときに成長が止まる。いつまでも美しい身体を維持することができるのです。何百年、何千年と、働かせ続けることができる。そうして彼らは、剣へと姿を変えることができ、言いたくはありませんが、兵器としての才も申し分ない。『護身用に』と買いたがるオーナーも多いはずだ。なにせ、最強の用心棒にして、最高の伴侶となりえるのですから」
『ふっ。何を急に――』
「いや、伴侶であればまだいい方だ。要は都合のいい奴隷なんでしょう? いくら彼らがヒトの姿をしていても、捉えようによっては剣――モノとも言える。だからこそ、昼は美術品として展示することもできるし、夜は限られた者だけが招かれるナイトクラブに。欲される魔剣がいれば、闇オークションにかければいい。もし警察に人身売買を疑われたところで、弱みを握って剣に変身させれば『美術品を売買していただけ』。クラブの経営も闇オークションも、証拠なんて残らないんですから」
『スコット二等兵、何が言いたいのかね? 君がそれを知ってどうする? 要は、私の言うことが聞けないと……?』
「あなたの考えは魔剣の尊厳を大きく損なうものだ。僕はこの国に来て、人間と同じように暮らす魔剣たちの姿を見てきました。あなたの野望は、看過できるものではありません」
『だから、聖剣は渡せないとでも言いたいのか?』
ハワードの穏やかな声音が一変して冷たさをみせる。
『たしかに私は聖剣が欲しい。だがそれは、永遠に共に在るという存在を永劫この手に置いておきたいだけなのだ。つまるところ、私はただの寂しい男なんだよ。ナイトクラブというのはまぁ……おまけだな。もしも複数魔剣が手に入るなら、と。資金を集める口実として思いついたまでさ』
「ハッ。寂しい……? だったら早いとこご結婚でもなさったらどうなんですか? 将軍、おモテになるでしょう?」
聞くに堪えないあからさまな言い訳。一蹴すると、ハワードは殊更に大きなため息を吐いた。
『――いずれ死ぬ定めの人間に興味はないさ。君は考えたことがないのかね? どうしようもなく愛しい存在に先立たれてしまったときのことを。結婚? 嫁? そんな悲しみを孕んだ要素を手にしてどうする? 私が欲しいのは、私の憂いを止めるモノ……魔剣だ』
(さっきから黙って聞いていれば、モノ、モノって……!)
「わかりました。あなたとはどうあっても相容れないということを。先程将軍は僕に聞きましたね、『聖剣は渡せないとでも?』と。 いいえ、違います――」
『なに?』
スコットは、怒りで震える拳をおさえ、大きく息を吸いこんだ。
「――『そんなに欲しけりゃ取りに来い』。それが彼ら、いや、僕らの結論だ」
『……! 祖国を裏切るつもりか?』
「ええ。裏切り? 上等ですよ。でも、最初に裏切ったのはそっちでしょう? 僕は無茶な作戦を命じられ、捨て駒にされ、捕虜となった。でも、そんな僕に優しく接してくれたのは魔剣の人たちだったんだ。僕は、彼らの想いに応えたい。そうして、あなたのバカみたいな野望は阻止させてもらいます」
『ふん、君のような新兵に何ができるというのかね?』
「それは明日会ってみてのお楽しみです。ああ、それから。聖剣を欲するあなたにいい情報を教えましょう。データを一枚送ります。今日会議したときに撮った、魔剣の皆さんとの写真です。クラウ=ソラス、アゾット、童子切安綱、ダーインスレイヴ、アロンダイト、そしてエクス=キャリバー。皆さんとてもお美しいでしょう? 明日戦場でその姿と実力を見れば、誰もが彼らを『欲しい』と思うはずだ。横取りされても文句は言えないでしょうね?」
『……ッ、貴様……!』
「それが嫌なら、将軍閣下自らが戦場に赴き、他の誰かの手に渡らないよう目を光らせるべきですね。では、僕からの報告は以上になります」
『おい、待てっ……!』
「明日からは敵同士。よろしくお願いしますね、将軍――」
通信機を切り、ベランダにへなへなと座り込んだスコットは独りごちる。
「はぁ~、こわかった。まさかこの僕が、将軍にケンカを売ることになるなんて……」
心臓はいまだバクバクと音をたて、胸を叩きつけている。
(でも――)
発信機を投げ捨てた日、スコットは決めたのだ。もう二度と、アロンダイトの悲しい顔は見たくないと。そのためなら自分は誰を、何を裏切っても構わないと。
(僕は、ランスロットのように強い男じゃない。けれど……)
せめて彼のように、自分の信念を貫ける男になりたいと――
空に輝く星を見上げて、そう願った。
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