第24話

 その晩。スコットが夕食を終えてソファでくつろいでいると、パジャマ姿のアロンダイトが寄ってきて隣に腰を下ろした。

 ほのかに香るシャンプーのいい匂いと、毛先から乾かしきれなかった雫が落ちているところを見るに、どうやらお風呂上がりらしい。スコットは先日の甘えん坊な彼女のことを思い出し、ドキドキしながら視線を向ける。


「ねぇ、スコット?」

「な、なぁに?」


「あのね。その……あなたにひとつ、お願いがあるの」

「お願い?」


 不思議に思って首を傾げていると、アロンダイトはおもむろに身を寄せて懇願した。


「ねぇ、キスして?」


「ふえっっっっ……!? ◎×△□!?!?」


「どうしてそんなに驚くの? 私達、契約者と魔剣の仲でしょう?」


「そそそ、それでどうしてキッ…………スなんてすることになるのさ!?」


「え。だって……」


 アロンダイトはもじもじと太腿に手を挟み、恥ずかしそうにスコットを見上げる。


「私は、ほら……『乙女の魔剣』だから。愛情が欲しいのよ……」


「ででで! でもっ! そんな急に――!?!?」


「キスは一番わかりやすい愛情のカタチでしょう? それに、私が真に力を発揮するには、『誓約のキス』が必要なの。明日は大事な決戦の日だし、できることはしておきたくて。ねぇ、ちょっとでいいの。ダメ?」


「……っ!」


 ダメもなにも、こんな美少女とキスできるなんて願ってもない申し出だ。しかしスコットはキスも童貞――未経験だった。急にしろと言われておいそれとできるわけもない。そんな度胸も知識もないのだ。

 わたわたと呆けていると、アロンダイトは自分の左手をスコットに握らせる。


「薬指……指輪をはめる位置に、ちょこっと口をつけてくれるだけでいいから」


(ゆび……?)


「えっ。そ、それでいいの?」


 こくりと頷くアロンダイト。どうやらこれは『乙女の魔剣』と契約者にとっての儀礼的な何からしい。

 結婚式の指輪交換さながらに互いの指に口をつける。それで、死がふたりを別つまで永遠に共に在るという誓約が為されるのだとか。


 てっきり口にするものとばかり思っていたスコットは拍子抜けだ。だが、いざアロンダイトの手を取って口に近づけると、その細さと滑らかさに胸が高鳴ってくる。手を握ったまま寸前で固まるスコットに、アロンダイトは我慢しきれず吹きだした。


「ふふふっ……! ねぇ、息がかかってくすぐったい! 早くしてよぉ!」


「あ。ごめ……」


「えいっ」


「むぐ……!」


 勢いよく指を口に押し付けられ、思わず食んでしまう。


「ふふ、食べちゃダメ。……美味しかった?」


 どこか蠱惑的に微笑む彼女に、スコットはもう頭の中がパンクしそうだ!


「ご、ごちそうさまでした……?」


 情けないことにそんなことしか言えない契約者。しかし、そんな精一杯な姿に満足したのか、アロンダイトはにっこりと彼の手を取る。そして――


「お粗末さまでした♡」


 ちゅっ、と左手の薬指に口をつけ、誓約は完了した。

 このとき、アロンダイトの戦闘力が十倍に跳ね上がったことをスコットは知るよしもない。


「おやすみ、スコット。明日はよろしくね」


「あ。うん……こちら、こそ……」


 寝室に入っていく彼女が去り際、『今度は口にしてね……』と言ったのも、知るよしもなかった。

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