第23話

 英軍による声明が出されてから、約束の一週間となる前日。スコットはアロンダイトと共に作戦の最終確認のため、クラウ=ソラスの元を訪れていた。

 ここまで大きな敵国による攻撃への備え――いわば『戦争』は、数十年ぶりだという。だが、フラムグレイス独立国の民がその事実を知ることはない。『十剣』やアロンダイトをはじめとする国の守りを担う者が、いつだって秘密裏に撃退してきたのだ。それも、市中への被害を一切出さずに。


 普通の国に例えればとんでもない話だと思う。だって、会議室に集まった面々はスコットを含めてたったの七名だったのだから。

 ちなみに、今回スコットらが掲げるスローガンは『少数精鋭』。今までのは、『一騎当千』『孤軍奮闘』だ。この国の戦いは、いつもそんなのばかりだった。


 『戦争』を国民に隠して行っている以上、国の各機関で重役を担っている『十剣』が全員出払ってしまうと何事かということになる。それ故に、必要以上に『十剣』の出動人数を増やすわけにもいかない。

 今ここに居る『十剣』はクラウ=ソラス、アゾット、ダーインスレイヴ、童子切安綱の四名。残りの者には『いつもと変わらない日常を送らせる』という役割があるのだ。しかし――


「あの……本当にこの人数で大丈夫なんでしょうか? いくら大々的に活動していない『聖剣奪還部隊』とはいえ、仮にも将軍ジェネラルをトップとする組織です。水爆利用は将軍の独断である可能性が否めませんが、それでも無人機などを含めると最大で三万の人員及び兵器が利用可能な権限を有しています。もしそれらを総動員されたとなると――」


「三万対七……? 望むところよ。ねぇ? 『災禍』?」


 ソファで脚を組んでいたクラウ=ソラスは軍帽をくい、とあげて隣のダーインスレイヴを流し見る。


「……その名で呼ぶな。確かに百年戦争においてはそう呼ばれ、主の望むままに単騎で一個師団を壊滅させたこともあるが、私はもう殺戮はやめたのだ。膨大な犠牲を出し、凄惨な光景をいくら見せつけたところで戦は止まらないものだと学んだからな。此度の戦い、私が殲滅すべきは無人機であって人ではない。それ故、白兵戦においては役立たずと思え。私は殺す以外の戦う術を持たないから」


「そういえば、あなたはそういう魔剣でしたね」


 カチャリと紅茶のカップが置かれる。ダーインスレイヴは苦々しげに、そう口にした女性に視線を向けた。流れるような金髪が麗しい、絶世の美女――


「エクス=キャリバー……今回はお前もお出ましか」


「なんです、その顔は? 私がいては不都合でも?」


「かくも忌々しき百年戦争……あのときはよくもまぁ、あそこまで清々しく貫いてくれたものよ」


「まぁ。数百年前の出来事を未だに引き摺っているのですか? 恨みがましい男ですね」


「チッ、お前も百年封印されればイヤミのひとつでも零したい気持ちがわかるだろうに」


「ふふっ、あなた、本当に変わらないのですね? 空から闇を零したみたいにタラタラタラタラ……しつこいったらない。ラスティに封印を解かれてからはだいぶ丸くなったと思ったのに。いいじゃないですか、今はお互い味方同士なのです。手を取りあうべきでしょう?」


「ふん……」


 どうやらダーインスレイヴとエクス=キャリバーにはただならぬ因縁があるらしい。空気がヒリつく仲の悪さに周囲の魔剣がそわそわとしている。そんな中、沈黙を破ったのは童子切安綱だった。


「なぁなぁ! わたちはいつショーグンを斬ればいいんだ? どれだけ敵が多くても、クラウ=ソラスが連れて行ってくれるんだろう!?」


「ああ、安綱。ちょっと待って、今説明するから。じゃあ皆、個々に説明はしたと思うけど、まとめておさらいするから聞いて」


 一同が静かに頷くと、クラウ=ソラスはモニターに映された図を示しながら説明を始める。


「まず、私たちの目的は防衛。英軍の水爆攻撃を阻止し、『聖剣奪還部隊』を撤退させることよ。そのためには、童子切安綱をハワード将軍の元に送りこんで斬りつけ、魂をすり替える必要がある」


「うむ! ショーグンとやらの身体に入ったら、『撤退~!』と叫んで、逃げ帰った英国基地で好き勝手暴れればいいんだろう?」


「そうよ。で、当然敵は頭である将軍の元に簡単に辿り着かせてくれるわけがない。多数の無人機で水爆投下までの時間稼ぎ、牽制をしてくるはず。そこでまず、エクス=キャリバーよ」


「私が先陣を切り、囮となって将軍をおびき出せばいい。そうですね、スコットさん?」


 聖剣に視線を向けられ、スコットはごくりと喉を鳴らす。しかし、深呼吸をひとつしてしっかりと前を向いた。


「はい。将軍はエクス=キャリバーさんに対して並々ならぬ執着を抱いています。彼は、自分の真の目的はアゾットさんではなく、エクス=キャリバーさんだと明言していました。『どうか、一目会いたい』と。であれば、エクス=キャリバーさんが自ら姿をあらわすことで、将軍の乗る専用機を戦場に誘い出すことができるはずです」


「そうなれば私の出番ね。安綱と一緒に戦闘機に乗り込んで、体当たり覚悟であいつのところまで連れてってアゲル。ただ、戦闘機に張ったディアのバリアは使い手から離れるほどに強度が脆くなる。有事の際は私が安綱を守り、迎撃する必要があるわ。だから、将軍の乗る専用機までの操縦はスコット君に行ってもらう」


「――はい。遠隔操作には自信がありますので……」


 とは言ったものの、生きたヒトを乗せた機体を操ったことなどない。自身の手に命がかかっている。その事実がスコットの手を、唇を、震わせた。

 その手をそっと握るのは、アロンダイトだ。


「……大丈夫。スコットなら絶対大丈夫よ。それに、あなたを狙ってくる輩がいたら、私が必ず守り抜いてみせる」


「アロンダイトさん……」


「なぁんて頼もしいのかしら! お熱いわねぇ。あ~あ、いいなぁ! 私も久しぶりに契約者でも探そうかしら~?」


「ヒュウ、ヒュウ! わたちも混ぜろコラ!」


「「ちょ……っ!?」」


「で? その他の雑魚は任せてもいいのかしら、ダーインスレイヴ?」


「ああ。先日と同等の無人機であればいくら数が増えようと索敵、殲滅が可能だ。しかし、地上に伏兵が潜んでいた場合、私には殺す以外の手段がない。アロンダイト、そこは頼めるか?」


「はい。スコットを守りつつ、電磁波によって敵の電気系統を無効化すればいいんですね?」


「でも、ディアの電磁波操作には集中力が必要。一度に多数の敵を無効化するには限度があるわ。まぁ、そこは契約者くんの出番よね? ディアを魔剣フォームにして、バサバサ斬っちゃって! 大丈夫、ディアはダーインスレイヴと違って殺しに長けた魔剣じゃないわ。意識すればみねうちが可能よ」


「えっ。白兵戦ですか!? 僕が!? あの、言いづらいんですけど、剣は握ったことがあんまり……」


 あんまりどころか、幼い頃にジャパンのサムライに憧れて竹刀を振り回したチャンバラケンドーレベルの経験しかない。自信なさげにちらりと見ると、アロンダイトはテーブルの下でスコットの裾を掴む。そして、上目遣いで――


「私のこと……握ってくれないの?」


「……っ!? が、がんばりますっ!」


「ふふ、プレッシャーかけちゃったかしら、ごめんなさい。でもまぁ、地上の敵に関しては囮役のエクス=キャリバーにもある程度対応が可能だから心配しないで。じゃあ、各自役割は把握したわね?」


 クラウ=ソラスが解散の音頭を取ろうとするので、スコットは不思議に思って隣を見やる。そう、アゾットには何の役割も課されていないのだ。すると、ふんふんと足をぷらつかせていた白衣の幼女と目が合った。


「ん? 私は何もしないのかって?」


「あ――」


「はは、言いたいことはわかるよ。悪気がないのもね。ただ、私は皆と違って戦う力のない魔剣なんだ。その代わり、ダイヤモンドの壁で国を守るよ。あと、医者として、研究者として。キミたちを全力でサポートさせてもらうから」


 どこか寂しそうな眼差し。その瞳は無力さを噛み締め、幾許かの後悔を映しているように見えた。白衣の袖から手を出したアゾットはスコットの手をそっと握る。まるで、願いを込めるように。


「明日は大門の手前まで見送りに行くから。だから、どうか……アロンダイトと、みんなのこと、頼んだよ」


 小さな魔剣の願いに、スコットは力強く頷いたのだった。その肩を、クラウ=ソラスが叩く。


「スコット君、ちょっといいかしら?」


「はい?」


「君にお願いがあるの」


 そう言って手渡されたのは、ハワード将軍にまつわる資料だった。


(これは――!)


 内容に目を見開くスコット。クラウ=ソラスはこくりと頷くと、一言、告げる。


「あいつと通信ができるのは君だけ。だから、お願い……あいつのを、暴き出して頂戴――『聖剣奪還』なんて大義名分をぶっ壊すような、決定的な戦う理由が出てくるはずよ。向こうがクロだっていう、とんでもない理由がね……」

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