第19話


「私のことを、抱き締めて?」


「…………え?」


 当然スコットはフリーズする。

 目の前で美少女がキス待ち……ならぬハグ待ちをしているのだから。


「どうしたの? できないの?」


「え、いや……あの……」


 てっきり何らかの試練でも課されたり、タトゥーを彫れ、指でもつめろと覚悟を問われるのかと思っていたスコットは、想定外の事態にどもることしかできない。


「ねぇ、早く」


 両手をパタパタとさせる動きがいちいち可愛すぎて、試練のハードルをぐん、と上げる。


「……できないの?」


 残念そうに不貞腐れたその顔が、スコットのハートに火を付けた。


「できますっ! 今やりますから! 全力で!」


 ……と言った割には恐る恐る、スコットは彼女の腕の下に自分の腕を通した。

 背中に手を当て、少しだけ身体を引き寄せる。彼女の顔が胸板に当たると、赤面しているのを見られないように頭をおさえ、胸元にぎゅ……と埋もれさせた。


(~~~~っ!!)


 おろした髪がふわふわと揺れてくすぐったい。背中から伝わる熱があたたかい。

 そして、触れている全てが柔らかい……!

 頭の中を血が巡り、ドクドクと音を響かせ駆けていく。


 時が止まったかのように思える沈黙が続き、しばらくするとアロンダイトは頭をあげた。

 そして、驚くくらいに晴れやかな笑顔で――


「ふふっ。合格」


「へっ……??」


 わけもわからず両手をバンザイにして彼女を解放するスコット。

 アロンダイトは背筋を正すと、胸に手を当てて改まる。


「私は『乙女の魔剣 アロンダイト』。これより私はあなた――スコットを契約者と認め、命ある限り共に在り、その『願い』を叶えると誓います。よろしくね、マイロード」


「……!!」


 嬉しい。とても嬉しい。どうしてかはわからないが、彼女は自分を受け入れてくれたのだ。目の前にある笑顔が、それを嘘でないと証明している。


 でも、その前に言いたいことが――


ご主人様ロードはやめてよ、僕はキミと対等でありたい。そして、英雄ランスロットのように、信念を貫き通せる男になりたいんだ」


「……!」


「だからさ、僕も誓うよ。この先どんなことがあっても、最期まで。僕はキミを裏切らない。絶対、ひとりにしないって」


 照れ臭い言葉に「ははは……」と情けない笑みを浮かべていると、アロンダイトはおもむろにスコットに抱き着いた。


「ふふっ! その言葉……さすがは私のロードね」

「ちょ……!?」


 嬉しそうに頬をすり寄せる姿とその感触に、スコットは再び固まる。

 彼の魔剣はそんなこと微塵も気にせず続けた。


「あぁ……人の『願い』があたたかい。力が溢れて、零れそう……」


「あ、アロンダイトさん……?」


「私は『乙女の魔剣』――契約者の『愛』を以て力を得る魔剣なの。スコット、あなたの抱擁はとても控えめで優しいものだったけれど、私を満たすには十分の愛がこもっていたわ。ふふっ、十分すぎるくらい!」


(あ、愛だって……!?!?)


 ど直球なその言葉に、スコットの顔面は火をふく勢いだ。


「ねぇ、スコット。私、人と契約するのは千年以上ぶり。知ってのとおり記憶がないから、気持ちとしては初めてなのよ」


 すりすりと甘えるように寄り添い、抱き着く腕に力を込めて、魔剣は呟いた。


「たくさん、愛してね……」


 どうやらスコットは、とんでもない魔剣と契約してしまったらしい。

 一方でアロンダイトは、これ以上ない程に満たされていた。


 きっともう、あの寂しい『声』も、聞こえなくなるだろう――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る