第10話
精密検査と療養が必要なアロンダイトを魔剣医であるアゾットに任せ、スコットは前線までの案内、及び新しい兵器の投入や有事に備えてダーインスレイヴの補佐をすることになった。
いくらダーインスレイヴが有能な瞬間移動の使い手でも、スコットを連れるとなれば話は別。一定の質量を超えるモノは一緒に移動できないらしい。
黒塗りの車で城壁まで向かう道すがら、ダーインスレイヴは隣に座るスコットに話しかける。
「なぁ、スコット君」
「なんですか?」
「キミは『外の人間』なんだろう?」
「はい……昨日、までは……」
「その髪の色……日本人とのハーフかい?」
「あ、いえ。暗めのアッシュですけど、ジャパニーズではないです。父も母もブリテン出身で」
「そうなのか。契約者としての適性があると聞いたから、てっきり……私の娘の契約者もそうなんだが、日本人というのは昔から魔剣に対する適性が高くてね。なんでも、『モノに魂が宿る』という文化があるとか」
「あ、知ってます。ツクモガミってやつですよね? 僕もジャパンのそういう考えとか歴史とか、アニメとか漫画とか大好きで――」
「ふむ。海外の文化には寛容というわけか。まだ若く、考え方も柔軟だ。クラウ=ソラスが再教育を認めるのも道理だな」
(……!)
どうやら、ちょっとした会話の中で仲間と見なしてよいのか試されていたらしい。ダーインスレイヴは『探るような真似をしてすまなかった』と謝罪をしたうえで、スコットに向き直る。
「それで? 昨日ここに来たばかりなのに、もうアロンダイトが好きなのかい?」
「はい…………ッ!?!? はいぃ!?!?」
「はは、そう照れるな」
「えっ、いや、あの!! 今のは、つい反射的に返事を――!!」
予想外の話題にあたふたするスコットに、ダーインスレイヴは微笑ましそうに目を細めた。
「隠さなくてもいい。キミがアロンダイトを慕っているのは初めて会った私にもわかるほどだ。それに、アロンダイトの為に物凄い剣幕で怒ったのだと、クラウ=ソラスに聞いたよ。どうでもいい奴のために本気で怒る人間なんていないのだから、少なくともそれなりの好意を抱いているんだろう?」
「それは――」
にやにやと返事を待つダーインスレイヴは、指令室での不思議な威厳に満ちた雰囲気とは異なるいたずらっぽい笑みを浮かべている。
それはまるで、娘の彼氏にちょっかいを出す父のような――
「なぁ、そんなキミに質問なんだが」
「な、なんですか?」
「意中の女性とどういうときに、一生の愛を誓いたいと思うかい?」
「ふえっ……!? あびばッ! 愛ぃい!?」
(そんなの、彼女のできたことない僕に聞かれても……!)
「いや、正確には『何をされたら』か? 私にはキミより少し年下の娘がいてね、契約者である男の子に惚れているんだ。ほら、さっき話していた日本人の――」
「ほへぇ、娘さんが……」
(さっき言っていた、『世界よりも大切な存在』か……でも、魔剣と人が一緒に暮らすってことは、そっか。契約者に恋愛感情を――そういうこともあるんだな……)
「彼は幼い頃から私も知る、とても優しい少年でね。是非婿に来て欲しいと思っているのだが、魔剣である娘と契約をしたにも関わらず、想定外に進展がないようで。最近の子は、その……草食系というのかな? 単刀直入に聞こう。どうすれば告白してもらえると思う?」
「えっ。あっ。」
(知らんがな!!)
どもることしかできないスコット。暗黒魔剣という恐ろしい肩書きの割には案外マイペースな性分なのか、ダーインスレイヴは気にせず続ける。
「『魔剣』はね、その本質は人の願いを叶えること、なんだ」
「願い……?」
(確か、将軍もそんなことを……)
「――そうだ。キミは英国の出身なのだろう? なら、人の願いを叶え続けたエクス=キャリバーの話は知っているはずだ」
(……!)
「でも、だからといって『魔剣』が人に何かを願ってはいけない、ということも無いとは思わないか?」
「つまりダーインスレイヴさんは、その契約者の子に、『娘の気持ちに気づいて欲しい』と?」
その問いに、暗黒魔剣は首を横に振る。
「いや、彼もまた娘のことが好きだというのは知っているんだ。幼馴染同士というのは愛し合うのがテッパンだろう? 愛する妻亡き今、あの子が幸せになることだけが我が望み。だから、私は彼に、『娘さんを僕にください』と早く言って欲しくてだな――して、スコット君。キミはいつ、アロンダイトに想いを伝えるんだい?」
「て、展開が早いですよっ! 僕はまだ、アロンダイトさんとは知り合ったばっかりで……!」
「でも、祖国を裏切るくらいには好きなんだろう? いいのかい? 彼女は身持ちの固さ故に新たな契約者を得ないで幾千年と過ごしているが、ああ見えて結構モテるんだ。実力も、美貌も兼ね備えているからな」
(知ってる……おまけに料理が上手くて、寝顔が可愛い……)
「放って置いたら、他の者に――っと。すまない、からかい過ぎたか。そうこうしているうちに大門が見えてきたな」
「……!」
ふたりの視線の先には、今も尚攻撃を受ける防壁が。
今朝見た電磁装甲とは違う、幾重にも重ねられたダイヤモンドの壁がパラパラと美しい粉を舞い散らせ、国を守っている。
「あれが、第二防壁――アゾットさんのダイヤモンドウォール……!」
世界最硬の物質そのものを壁とした、まさに錬金の奇蹟の産物だ。あの欠片を持ち帰るだけで、どれだけのお金が――
一瞬沸いた煩悩を振り払い、スコットは戦場の緊張に震える。そして、ダーインスレイヴに恐る恐る視線を向けた。
(本当にひとりで大丈夫なのかな……?)
「あの、ダーインスレイヴさんは『十剣』で、お強い、んですよね……?」
「なんだ、聞いていないのか。私はこう見えて、かつて史上最凶と謳われた『呪いの暗黒魔剣』だ。北欧の――」
「まさか! 『一度鞘から抜けば、血を見るまでは収まらない』っていう……あのダーインスレイヴですか!?」
「ああ、そうそう。だが、それは迷信だから気にしなくていい。私のようないい大人が『鞘には入りたくない!』なんてダダをこねるわけがないだろう? まぁ、あらゆる契約者が殺戮の快楽に溺れ、永遠に血を求める――という点は事実だが」
「事実なんですか!?」
「そういう理由や、フランスでの百年戦争において契約者の『望み』の為に第三勢力『災禍』として暴虐を尽くしたのが祟ってな。エクス=キャリバーに貫かれ、封印されたりもした。その私を解放したのが建国者たるラスティだ。彼だけは何故か、私の力に溺れなかった。それ以来私は契約者である彼に忠義を尽くし、過去の過ちを悔いて殺戮することをやめたのだ。ラスティがこの国の平和を『望む』限り、私は負けるわけにはいかない」
(また、ラスティか……)
アロンダイトの記憶を消した人物。それが何故かはわからない。だが、ラスティを語る魔剣たちは皆、彼を大切に思っているようだった。
頭ではわかっている。彼は建国者で、全ての魔剣の恩人だ。でもスコットは、納得がいかないでいた。
――彼は一体、何を思ってそんなことをしたのだろう?
俯くスコットに、ダーインスレイヴは優しく声をかける。
「置いてきたアロンダイトが心配か?」
「え――? それも、ありますけど……」
「そうか。だが、今一度気を引き締めるといい。ここから先は戦場だ。ほら、敵の足音が聞こえてきたぞ」
「……!」
耳を澄ますと、遥か上空に戦闘機のエンジン音が響いていた。
聞き慣れた、祖国のものだ。
「なぁに、必要以上に怖がることはない。僅かな間とはいえアロンダイトに寄り添ってくれた――キミのような優しい人間をわが国は歓迎する。安心しろ、絶対に守り通すから。そして、その平和を脅かす敵は、一機残らず殲滅する――」
ダーインスレイヴは車から降りると漆黒の外套を翻し、空を見上げた。
「――最後に聞かせてくれ。キミは、アロンダイトに何を『望む』?」
「それは――」
スコットもまた空を見上げ、はっきりと口にした。
「一緒に、戦わせて欲しい……! 僕は、祖国の過ちを止めたい。でもそれ以上に――もう、アロンダイトさんをひとりにしたくないんです……!」
その答えに、暗黒魔剣は満足そうに口元を綻ばせた。
「さぁ、裁きの時間だ。私はこの国の秩序と司法を司る『十剣』――ダーインスレイヴ。かつて最凶と謳われ、百年戦争で猛威を振るった『災禍』の力――とくと味わえ、人間共」
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