第9話

 フラムグレイス独立国の軍事拠点に戻ったふたりは、国防を統括するクラウ=ソラスに状況を報告した。

 『魔剣』というのは基本的に温厚で優しい種族らしく、防壁の外以外はいたって平和なこの国。アロンダイトがいる限り今日もやることがないな~と、椅子に腰掛け呑気に足にネイルを塗っていたクラウ=ソラスは、傷つき帰還したアロンダイトを見てひっくり返る。


「ディア!? いったいどうしたの!?」


「うぅ、クラウ様……あまり大きな声を出さないでください。脳に、響いて……」


 爆撃による脳震盪で足取りのおぼつかないアロンダイトに代わってスコットが説明しようと口をひらくと――


「第一防壁が突破された! 何事か!? アロンダイトは無事なのかい!?」


 突如として、指令室に白衣の幼女が飛び込んできた。もっしゃりとした薄紫の髪を床に引き摺りそうな、長い萌え袖を振り回した幼女が。


「今は第二層、私のダイヤモンドウォールが攻撃を食い止めているが、こんなことは我が国百年の歴史でも初めてだよ……!」


 あせあせと袖を口元に当てる幼女の大きな瞳が、はた、とスコットを見あげる。

 そしてハモった。


「「……誰?」」


 椅子から立ち上がってアロンダイトを医務室に運ぼうとしていたクラウ=ソラスは、グッドタイミング! とばかりに手を叩く。


「アゾット~! ちょうどいいところに!」


(え!? あの子が……第一目標のアゾット剣!?)


 ツッコミたい! けれど今はそれどころじゃない!

 『十剣』にして世界が欲しがる宝剣がまるっきり幼女な件について気になって仕方がないが、スコットはアロンダイトの傍を離れず、ただ見守る。


「あんた研究者兼魔剣医でしょう? ちょっとディアを見てあげてよ! バリア越しに、頭に爆撃食らっちゃったらしくて……」


「ん~、それは念のため精密検査に回した方がいい。すぐに部下を手配しよう。して、戦況は?」


 幼女、もといアゾットの問いかけに、クラウ=ソラスがこちらを見た。スコットは視線で促されるままに説明する。


「英軍の長距離射程ステルス戦闘機による爆撃を受けました。攻撃の間隔からして敵はおそらく複数――少なくとも五機はいる模様です」


「……ステルスか。アロンダイトには見えない位置から……やられたねぇ……」


「はい。見えさえすれば撃墜できるのに、と歯噛みしておりました」


「奴ら、まさかここまでするなんて。どうせ突破できずに諦めるだろうと、アロンダイトを過信しすぎていた私たち『十剣』の落ち度だ。アロンダイト、ごめんね……」


 申し訳なさそうにアロンダイトの手をさするアゾット。

 その姿に、スコットは思わず言い放った。


「……本当ですよ。何やってるんですか……」


「ちょっと、スコット!? 私は平気――」


 制止するアロンダイトの言うことを聞かず、スコットは声を荒げる。


「こんな、たったひとりに国の守りを任せて! それなのに誰にも感謝されずに! 毎日毎日、人知れず見回り、迎撃、壊れた壁の修復――見知らぬ敵を相手に、こんな酷い目に遭って!! こんなの……あんまりだ……!」


 感情を抑えられずに拳を握りしめるスコット。

 涙の滲むその瞳を、クラウ=ソラスとアゾットは何も言えずに見つめている。


「でもそれ以上に……僕は、僕の国と僕自身が許せない!! 何か手はないんですか!? 観測レーダーは!? この国にバイスタティック・レーダー技術はあるんですか!? レーダーさえあるのなら、僕がその位置を彼女に教えます! 敵の居場所がわかるなら、アロンダイトさんが負けるはずがない!!」


「んん? クラウ=ソラス。この少年は?」


「昨日捕まえた英国の捕虜だったんだけど……完全に寝返ったらしいわね? もうディアってば、隅に置けないじゃない? 一晩でこんなにメロメロにしちゃうなんて♡」


「冗談を言っている場合ですかっ!? いいから、この国にあるありったけの兵器の情報を教えて!! ある程度なら僕にも使いこなせる!!」


 その一言に、アゾットが鋭い視線を投げる。


「少年。攻撃をしかけてきたステルス機は無人か?」


「え? ……はい。遠隔操作による無人戦闘機ドローンのはずですけど……」


「その機体の素材……いや、燃料でもいい。何を使っているか見当はつくかい?」


「ええと……一般的なモデルならジェット燃料、JP8ですかね?」


 答えると、アゾットは近くの連絡用端末に向かって吠えた。


「JP8だ! ビーカー一杯分でいい。至急指令室まで手配して!」


 そして、ポケットからスマホを取り出して掛け始める。


「ああ、ダーインスレイヴかい? 非常事態だ。第一層、アロンダイトが突破された。キミに迎撃を頼みたい。すぐに指令室まで来てよ――――はぁ!? 娘の買い物の付き添い!? そんなの、適当にクレジットカード渡して、彼氏とでも行かせればいいだろう!?」


『……っ!?!? ……!!』


 電話先の相手はなんだかものすっごく異を唱えているようだ。 


「んああもう! キミは世界の存続よりも娘優先だったねぇ!? わかった、必ず補填するから!! キミにしかできないんだ! 頼んだよ!」


 「ったく、アイツは……!」とキレ気味に通話を終えた瞬間。指令室の床にどこからともなく黒い水たまりが現われた。どうやら椅子や机の影が密集して、『何か』の通り道を作っているようだ。

 そこからぬらりと闇を纏って現れたのは、端正な顔立ちをした長身の男性だった。肘まで届きそうな長い黒髪を耳にかけ、上からのっそりと白衣の幼女を覗き込む。


「私が――何だ? アゾット」


「聞いてたのかい、ダーインスレイヴ。相変わらずの地獄耳だなぁ……」


「言っておくが、私は決して娘のATMなどではないぞ」


「誰もそんな話はしてないよぉ……」


(……は? このひと今、電話があってからすぐに駆けつけたのか? あの、黒い水たまりを通って? 瞬間移動……SFじゃん……)


 魔剣って、なんでもアリなのかよ……

 そのイレギュラー加減に呆れつつも、アニメが好きなスコットは一瞬で理解する。彼は、影を通じて移動ができる、闇属性なのだと。

 ダーインスレイヴと呼ばれたその男性は、一呼吸おくと鬱陶しそうにスコットを見やった。


「……外の人間が、トラブルを持ち込んだのか?」


 図星すぎてぐぅの音も出ない。だが、ダーインスレイヴは指令室の状況をくるりと流し見ると、頭をおさえてソファで安静にしているアロンダイトに目を止める。


「想定外の事態でもあったのか……ご苦労だったな。あとは私に任せろ」


 そうして、部下から燃料入りのビーカーを受け取ったアゾットに視線を戻した。


「私が呼ばれるということは、どうにもならない敵なのか?」


「いや、条件次第じゃあクラウ=ソラスにも殺れない相手じゃない。けど、今回はステルス機っていう姿の見えない戦闘機が相手なんだ。おまけに射程は長距離で、目視の圏外からバカスカ攻撃をしかけてくるらしい。飛び道具が使えて、索敵能力と不死性に長けたキミが適任だ」


「なるほど。それで? 奴らの要求は?」


 その言葉に、周囲の魔剣が一斉にスコットを見る。


「『聖剣奪還部隊』の第一目標は、アゾット剣です。その次が、エクス=キャリバーで――」


 居心地の悪さを抱えつつも正直に答えると、ダーインスレイヴは金の瞳を細めてアゾットの肩を叩く。


「……だそうだ。間違いなく、お前の持つ『錬金の秘術』が目的だな。『錬金の魔剣 アゾット』。あらゆる物質や鉱物を思い通りの別物質に造り直す――その力を使えば、ダイヤモンドや黄金などいくらでも錬成できよう。資本のパワーバランスが乱れるぞ」


(そんな……! 確保優先度が高かったり、懸賞金がかかっていたのはそういうワケだったのか……!)


「どうだ? お前ひとり差し出せばこの戦いは終わるそうだ。分身体を錬成して大人しく引き渡されてみては?」


 分身体ということは偽物、という意味だろう。現にアロンダイトも自身が変身した姿である魔剣の分身レプリカを腰にさしている。


「んむむ~確かにそれなら私が頑張ればいい、か……? でも、いくら分身を送り込んだところで私に埋め込まれている『賢者の石の欠片』はひとつ、本体内のみだ。分身では彼らの望む金塊の錬成を行うことができない。遅かれ早かれバレるんじゃ? まぁでも、なんとかうまく分身を操作して誤魔化せば……」


「そ、それができるなら、アロンダイトさんはもう戦わなくていいんですね!?」


 グッドと思われる提案に身を乗り出すスコット。しかし、それを引き止めるようにしてアロンダイトが腕を掴んだ。


「ダメ……それじゃあ、ダメなの……」


「どうして!? だって、それなら誰も傷つかないんだろう――!?」


「アゾット様の分身を差し出せば、アゾット様が遠距離から操れる限り英軍を騙し続けることができる。でも、それだと外の世界のパワーバランスが乱れて、英国を中心に世界は再び大戦に見舞われるわ。第四次世界大戦よ……」


「ふん、アロンダイトは優しいな。我々に牙を剥く外の世界など、どうなったって構わないではないか?」


 ダーインスレイヴは苦々しげに吐き捨てる。しかし――


「ダメ、なんです。大戦が起これば人々の絶望が溜まり、具現化して、再びあの世界災厄『魔王』が渦を巻くかもしれません。『魔王』は、あのラスティ様ですら多大なる犠牲を払って撃ち滅ぼした最悪の存在。人間どもには到底敵う相手じゃありません。そうなれば、『魔王』に特効のある魔剣は狙われ、今以上にフラムグレイス独立国にも被害が及ぶ。罪のない魔剣たちが、人間の争いの被害者になってしまうかも。それに――」


「それに?」


 問いかけられたアロンダイトはちらり、とスコットを見た。

 そして、僅かに微笑んだのだ。


「英国には、あなたのご両親だっているんでしょう?」


(……っ!!)


「私には、魔剣にとっての家族とも呼べる契約者との思い出がありません。だからこそ、自分に寄り添い、愛してくれる家族がいる人を羨ましいとも思いますし、その人には、家族を大切にして欲しい。だから――」


 そこまで言うと、ダーインスレイヴは黒い外套を翻して出陣の準備を整える。


「……わかった。アロンダイトがそこまで言うなら、今回は私が出よう」


「ダーインスレイヴ様……!」


「なに。私にも、命よりも世界よりも大切な家族がいるのだ。そう言われて出なくては父親の名が廃る。アゾット、ビーカーを寄越せ。ソレの気配を察知して撃滅すればよいのだろう?」


「話が早くて助かるよ、ダーインスレイヴ。頼んだからねぇ。あとスコットくん、きみも同行するんだ。私達は閉鎖的な国家であるが故に外の情報には疎い。敵国の捕虜は、こういうときに前線に出て役に立ってもらうよ」


「まぁ、そうなりますよね……わかりました、やらせてください」


 アゾットは白衣の裾を引き摺って、JP8の入ったビーカーを差し出した。ダーインスレイヴはそれを受け取ると、一気にごくりと飲み干した!


(えっ??)


「……不味まずい」


「だろうねぇ。でも、この燃料は敵の『血液』みたいなものだ。だったらキミの『一度覚えた血の味を忘れない能力』で索敵し、黒い魔剣の雨で刺し穿つことができるでしょぉ?」


 その一言に、ダーインスレイヴはにやりと頷いた。


「ふ、私を誰だと思っている? 血を操りし暗黒魔剣――『命喰らう魔剣ダーインスレイヴ』だぞ?」

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