第8話

 昨日ぶりに訪れた防壁の敵国側で、スコットは望遠鏡を手にしていた。


「うーん、昨日は撤退指示が出ていたし、やっぱり作戦は中止なのかな? 今日は前線にも後方にも人がいないね」


「ふーん、そうなんだ。連合国は大体、一国の作戦が完結するまで他は静観するのが暗黙の了解みたいだから、まだしばらくイギリス軍が来ると思っていたのに」


「まぁ、そうだね。僕ら英国みたいに聖剣奪還を掲げる国もあれば、『魔剣』への研究協力要請が目的の国もあるし、ただ単にフラムグレイス独立国ともっと外交したいってところもある。かと思えば、そういうのをすっ飛ばして『魔剣を寄越せ!』って国もあるみたい。求めるものが違うから、ひとつの国の作戦が終了するまで他国は手出しができない――成果の奪い合いになるからね」


「本当、身勝手なひとたち……」


「なんか、ごめん……」


 申し訳なさそうに双眼鏡から顔を上げたスコットは、隣に凛と佇むアロンダイトを見上げる。


「ねぇ、キミはひとりでこの大きな防壁を守っているの?」


「ええ、そうよ」


「どうやって?」


 尋ねると、アロンダイトは右手からバチバチと稲妻を迸らせた。


「ワォ! 魔法!?!?」


 興奮して身を乗り出すと、アロンダイトはため息を吐きながら一蹴する。


「まったく、外の人間は魔剣のことを本当に何も知らないのね……まぁ、それも壁の守り手である私や情報操作部の機密工作の賜物か。確かにコレは魔法の一種よ。私たちのような魔剣は体内の『鉱脈血』に空気中の元素と反応する金属物質を備えているの。それらをこうして放出し、反応を引き起こすわけ。その属性は個々の魔剣によって異なるんだけど、私の場合は光。この雷よ」


 そうして、稲妻を防壁にパチリと当てた。

 攻撃を防ぐその反応に、スコットは見覚えがある。


「あの防壁……まさか、電磁装甲?」


「の、ようなものね。あなた達の世界ではそれが近しい呼び名みたいだけど、魔法を操る魔剣である私達にとっては、あれも防御魔法の一種よ」


 さらりと言ってのけるが、国を覆うような電磁装甲を展開する彼女のエネルギー、もとい魔力はとんでもない。だがそれ故に、この前線には彼女以外に兵らしき者は誰もいなかった。

 孤独にして孤高。それが彼女の戦い方だ。


「ねぇ、キミがそこまで頑張るのは、戦いでランスロットのことを忘れる為?」


「そうよ」


「あの、さ……余計なお世話かもしれないけど、どうしてランスロットとの記憶を消したのか、ラスティ博士に聞こうと思ったことはないの?」


 しばし俯いていた彼女は、顔を上げて言う。


「ない……わね。だって、ラスティ博士は人間で、もう百年以上前の人物だもの。この国を作ってからは『十剣』の方々に後を任せて去ってしまったというし、聞きようがない。それに、もしご存命だとしても、もう聞こうとは思わないかな」


「なんで?」


 尋ねると、彼女は悲しげに笑った。


「大体、想像つくもの」


「あ――」


「昨日あなたから聞いた話で、ランスロットが裏切り者だっていうことはわかった。だとしたら、私は『裏切りの騎士の魔剣』。そんな不安の種を国内に残しておくなんて危険すぎるわよね?」


「でも、君とランスロットの裏切りに、直接関係は――!」


「魔剣と契約者は一心同体。魔剣の本懐は契約者の願いを叶えることよ。たとえ私に罪はなくとも、契約者の罪も共に背負うのが魔剣の誇り。だからもし記憶が残っていたら、私は契約者の為なら再び誰かを裏切るかもしれない――あなたはさっき聞いたわね? どうしてひとりで頑張るのかって。今まではランスロットのことを忘れる為にしていたのだけれど、今日からは、今亡き主の罪滅ぼしの為にも一層気を引き締めていくつもりよ……」


(そんなの、悲しすぎじゃるないか……だって、アロンダイトさんに罪はないのに……)


「でもさ、少しくらい他の仲間がいてもいいんじゃあ――?」


 その問いに、アロンダイトは白金色の魔剣を引き抜く。


「いいの。この国の中にいる住人は、こうして日々他国に攻め込まれているという事実を知らずに過ごす。この防壁があらゆる攻撃を防ぎ、音を遮断させ、守り手である私が敵を一機残らず撃滅することで。それに、私だけで手に負えないときは上の方々に救援を要請することもあるわ。不甲斐ない話だけれどね」


「でも、基本的にはひとりなんでしょう? どうして? 国の為に活躍しているキミは、もっと住人たちに感謝され、讃えられるべきだ」


「その必要はないわ。だって、攻め込まれていると知ったら民たちは安心して暮らせないもの。誰にも知られずこの国を守り通すこと。それが、私が私に課した使命。そして、かつてラスティ博士と『十剣』の方々が掲げた、魔剣のための安寧の箱庭。それがこの国――フラムグレイス独立国よ」


「箱庭……」


「その事実を隠すため、外の国の歴史は他国と同様に勉強するし、最低限の輸出入だって行う。さも『他と変わらない平和な国ですよ』といった風に振る舞うの。幸い、私達の国に各国が攻め入っていること自体が捉えようによっては人権侵害にあたるから、国際的にもこの戦いは各国で秘匿されているし。それに、インターネットも完備して外との通信は問題なく行えるんだもの、暮らしていて違和感は何も無いわ。知られてないけど、魔剣のインスタグラマーやYouTuberだって多いのよ?」


「えっ、そうなのかい!?」


「私ね、この歌姫好きなの」


 そういって、アロンダイトは精神集中の為にかけていたイヤホンの片耳をスコットに寄越す。


「あっ、テイラースウィフト? 僕も好き」


「綺麗な歌声よね?」


「可愛いよね」


「あなた、こういう女性が好みなの?」


「あっ、いや! もちろんアロンダイトさんも可愛いと思うけど……!」


 訂正するようにパッと見ると、顔を真っ赤にした美少女と目が合う。


「か、かわいいって……! ば、ばかっ!」


(おおぅ、ジャパニーズツンデレーション……!)


 萌える。赤面した美少女はそれだけで萌える。

 そんな、最前線にいるとは思えない平和ボケしたスコットの目を覚まさせるような一言が、突如としてインカムから流れた。


『ドローン隊、攻撃用意! 発射ファイア!』


 雷属性を帯びたアロンダイトのせいで、敵国(スコットにとっては自国だが)の通信機器は性能が著しく落ちる。しかし、それを加味しても通信が拾えたということはかなりの至近距離に接近されているということだ。


(そんな! 今日は撤退じゃなかったのか!?)


「アロンダイトさん! 来るよ!」


 もう完全にスコットは裏切り者だった。

 だって自分に無理難題を押し付ける上官のおっさんよりも、美少女の側についた方がスコット的には嬉しいから。父さん、母さん、ごめんなさい。スコットは目の前でひとりがんばる美少女に全力で味方します。


「くそっ、ノイズがひどいな! 無人機を操作する人間の声が、ひとり、ふたり……少なくとも三機はいるみたい!」


 その報告に、黄金の魔剣が光る。


「恐れよ! 慄け! ――【乙女の鉄槌ライトニング・メイデン】!!」


 刹那。攻撃射程に入る為に接近していたドローンが、稲光を受けて砕け散る。スコットはひとり納得した。


(あぁ、こりゃあどんな国も突破できないわけだ……)


 最強の防御に、最強の攻撃。しかも、その威力、速度、持続力、発動メカニズムのどれをとってもファンタジーな代物なのだから。


 『魔剣』という人型の兵器があるという話は上官から聞いていた。そして、フラムグレイス独立国はそれらの技術を独占する悪い国なのだと。

 だが、実際に目の当たりにするとそれが兵器などではなくただの少女で、自分たちと同じ『生きモノ』なのだということがよくわかる。人型自律だなんて、とんでもない間違いだ。


 彼女たちが意思と信念を持つ生き物である限り、国を守りたいと思う心が、祈りが、魔法を強くする。そんな超常的な力を有する魔剣という存在がひとりいるだけでこの戦力差なのだ。

 この国の建国者であるラスティは数多の魔剣と契約していたというから、国連がたったひとりに屈するのも至極当然。


 聖剣の奪還? 名のある魔剣の確保を優先?

 こんなの、攻め落とせるわけがない。


 スコットが命じられた『防壁の突破口を探る』という密偵の任務は図らずも果たされた。到底無理だ、という結論と共に。

 そうしてスコットは改めて思う。多分、に付くのが正解だと。

 それは戦力差ゆえの判断ではない。

 人道的な意味でも、自分の意思でそう思ったのだ。


 スコットは雷の一閃を放って鮮やかに着地したアロンダイトの元に駆け寄った。


「お疲れ様! すごいや! 敵機全滅、ミッションコンプリートだね!」


 まるで幼子のように無邪気に活躍を喜ぶスコットに、アロンダイトは生まれて初めて『褒められて嬉しい』と感じた。そうして、自分に怪我が無くて喜んでくれる人間がいるということに、胸の奥で空洞を広げていた孤独が薄れていくのがわかる。


「ふふ、大袈裟。さぁ、見回りはこれにて終了。あとは防壁から被弾の反応があるときに駆けつければいいだけだから。帰って美味しいランチでも――」


 ガキィン! ドォオオオンッ――!!


 言いかけていたアロンダイトの後頭部付近に、突如として高密度のバリアが展開される。護身用のオート発動魔法のようだ。しかし、次々と襲い来る衝撃にアロンダイトは思わずよろめいた。


「アロンダイトさん!!」


「くっ! 敵襲!? 携帯レーダーには何も映っていないのに、いったいどこに……!? 離れなさい、スコット!!」


 スコットも慌ててインカムに耳を当てる。しかし、位置が遠いのか操縦士の会話はザザッというノイズしか拾えない。いくらスコープに目を凝らしても、見えるのは風に流れる雲ばかりだ。しかし、僅かに聞こえる耳鳴りのような嫌な音には聞き覚えが――


(この音……)


「まさか、超長距離射程のステルス機!?  F35ーAか!? ハリアーか!? 投入は勝算のメドが立ってからって話だったのに!」


「ステルス機って何!?」


「姿の見えない戦闘機だよ! いや、正確にはレーダーに映らない――でも、あんな長距離から! 少佐め、アロンダイトさんが目視で撃墜しているのがどうしてわかったんだ!?」


 そこまで言って、気が付いた。


(まさか……! 昨日、僕を庇ったときに、アロンダイトさんが迎撃する姿を捕捉されていた……!?)


「ぼ、僕のせいだ……!」


「なんなのアレ!? 遠くにいるの!? でも見えない! うぅ、姿さえ見えれば……!」


 悲しいかな、スコットは見事に役目を果たしてしまっていた。

 呆然としている中でも、爆撃の音は否応なく響く。


「……ッきゃあ!!」


「アロンダイトさん!」


 防戦一方。爆発の衝撃によろめくことしかできないアロンダイトを支え、スコットは大門を目指す。


「ここは撤退しよう、ひとりじゃあ無理だ!」


「でも……!」


「わかってる! 君がここをなんとしても守りたいと思っていることくらい! でも今は、お願いだから一緒に逃げて! 僕は君が死ぬところなんて見たくない!!」


「……!」


 手にしたスコープは衝撃でヒビ割れ、飛んだ破片が頬を切って鋭い痛みを与えていた。爆撃は未だやむことなく、アロンダイトの背に展開されるバリアに打ち付けられている。

 彼女を支える肩や背が、熱くて燃えてしまいそうだ。しかし、衝撃を頭に受けたアロンダイトの苦しみを思えばこんなのどうってことない。

 しかも、彼女は隣にいるスコットを守ろうと、尚もバリアを展開し続けているのだ。脳震盪で揺らぐ意識が飛んでいかないようにと、必死に唇の端を噛みながら。


 悔しそうに目を伏せ、呼吸を荒げるアロンダイト。スコットは今一度強く、彼女の身体を支えなおした。


「ステルス機だって無敵ってわけじゃない。適切な設備と条件を揃えれば捕捉することはできる。今は戻ってその策を練ろう! 姿が見えれば雷が使える。迎撃可能なんだろう!?」


「……!!」


 苛烈な衝撃に足は震えている。そんな彼なのに。どうしてこんなに頼りになると思うのだろうか。それはきっと彼の目に火が灯っていたからだ。


 ―― 一緒に戦おう、という火が。

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