第3話 ヒロインカミーラ

 ここで場面が切り替わり、ヒロインのカミーラの居る酒場に移る。アルシェス達がちょうど、少女のスリに会った時と同時刻、カミーラは仲間達と酒場に来ていた。カミーラは、とある帝国の王に仕えるメイドであった。彼女は、金髪ロングヘア―の可愛らしい、いわゆる、美少女であった。ちょっと複雑なのだが、カミーラはラギの物語のヒロインであると同時に、別の物語の登場人物でもあったのだ。その物語の主人公が、そのとある帝国の王様ファウストである。ファウストは王様でありながら、現地視察と言って、城をお忍びで抜け出し、こうやって他国の酒場などに入り浸っていたりするのだ。カミーラは、ファウストのお気に入りであり(もちろん、男女の関係は無い)、いつも連れ出される側近の一人であった。カミーラは、幼い頃、家族と離れ離れになり、ファウストに拾ってもらったという過去(本当は複雑な経緯があるが、ここでは敢えて述べないでおこう)があり、ファウストを兄のように慕っていた。


「ファウスト様。良いんですか、こんな所で飲んだくれていて」

 カミーラがファウストに言った。

「飲んだくれているのではない。世界情勢の視察なのだ。酒場というのは情報がたくさん集まるからな」

 ファウストは、王様であったが、人目を忍ぶためか、冒険者のような風貌をしていた。クタクタになったマントと使い古されたような鎧を身に付けていた。顔も王族のような綺麗さは無く、屈強な戦士のそれであった。そして、荒っぽい冒険者の如く、葡萄酒を一気に飲み干した。

「そう言いながら、ぐびぐび飲んでますね、王。自らの立場をちゃんと理解してくださいよ」

 側近の中で、眼鏡をかけ、貴族のような煌びやかな服を着ていた女性が居た。

「そう堅苦しくなるな。リング」

 リングと呼ばれた女性は、王の側近の参謀的な存在であった。冷静沈着で賢い女性だ。この酒場にファウストと共に来ていた側近は、カミーラとリングと、あともう二人。

「ちょっとぉ。ここにはこんな安い酒しか置いてないのぉ?これだから、田舎は嫌なのよね」

 不機嫌そうな女性は、いかにも魔術師と言った黒いローブに魔女の帽子を被っていた。この魔術師の名はミルミルと言った。

「まあまあ、そう邪険にせえへんでもええやろ。安酒には安酒の良さがあるやないか」

 この変な関西弁の女性の名はコルネと言った。彼女は一風変わっていて、人種が人間族ではなく、いわゆる、エルフという長寿命の種族だった。長耳の美しい緑の長髪はエルフそのものだが、その言葉遣いだけは違和感があった。本人曰く、人間界に出るときに言葉を勉強したのが、異世界のお笑い番組だったようで、こんな言葉遣いになったようだ(もちろん、関西弁のように書いているが、異世界語であるので、決して日本語で喋っているわけでは無い。だから、本来の関西弁とは程遠いものであると、関西出身の読者は理解して頂きたい)。


 そして、皆さん。気が付かれただろうが、側近たちは皆、女性であるので、何だこの主人公はハーレムかよ、と思われたかもしれないが、確かにファウストの物語はそういう系かもしれない。だが、彼の保身の為に補足しておくと、彼の帝国では、歴代から女性の幹部が多く(しかし、なぜか王は歴代で男しか生まれていない)、彼が側近として従えているのは、必然的に女性しかいなかったのである。ちなみに彼の親友は、海賊団の船長をしているハロルドという男である。話を酒場に戻す。


「あらあら。やっぱりエルフって田舎育ちだからねえ。こんな安酒しか飲んだこと無いのかしら。可哀そうに」

 ミルミルは、見下すようにコルネに言った。

「アホ抜かせ。私の故郷は高級ワインの産地や。そういうあんたは、知ったかぶりのマウントで、相変わらず、田舎もん丸出しやな」

「はあ?そのヘンテコな喋り方してるあんたに言われたくないわよ」

「ヘンテコってなんやねん。これが私の崇拝する国の喋り方やねん。文句付けんといてくれる?あんたこそ、そのエセ魔術師風の恰好、はっきり言うけどダサいねん」

「何ですって!」

 ミルミルとコルネは互いに睨みつけた。

「まあまあ。二人とも。私はミルミルの魔術師の恰好も似合っていると思うし、コルネの話し方も好きだよ」

 カミーラが二人の仲裁をしてくれた。

「そ、そう?やっぱり似合っている?えへへ」

 ミルミルは、照れながら帽子の位置を直した。

「そうやねんなあ。この喋り方、おもろいよなあ。ふふふ」

 コルネも照れながら、そう言った。

「本当にこのパーティーにカミーラが居て、良かったですね、王。ていうか、彼女が居なかったら、成立しないでしょうね」

 リングは、感慨深くそう言った。

「ふふふ、まさに俺の王たる所以よ。素晴らしいチームワークだろう。がははは!」

「まあ、まとめているのは、カミーラですけどね」

「そんなこと、無いですよ。リング様。深い知識のリング様が居るからこそ、皆さんは安心して冒険を続けられますし。ファウスト様のリーダシップで皆さんを引っ張ってるんですから。私なんて只のメイドなんですから」

 ファウストとリングは互いに目を見合わせた。そして。

「本当にカミーラが居て良かったなあ」

 二人はにっこりとカミーラに笑いかけて、そう言った。

「そ、そうですかあ。でも、そう言ってもらえて良かったです」

 ふふふ、と照れ笑いしながら、カミーラは言った。

「しかし、王。本当にこんなところで飲んだくれている場合じゃなくて、次の冒険?視察?もうどっちでも良いですけど、次はどうするおつもりですか?」

 リングは切り替えて、話を戻した。ファウストは椅子からガタっと立ち上がった。

「ふふふ、次の冒険はもう決まっている。古の海賊王が残したと言われている財宝を捜すのだ。その名もユニピース‼」

「「おおっ‼」」

と、一同は歓声を上げた。

「すっごい!財宝ってまさに冒険の醍醐味ね!大金持ちになれるかしら」

と、ミルミルは期待を膨らませながら言った。

「確かにワクワクするんやけど、どっかで聞いたようなお話やなあ。なんかその冒険、超長くなって収拾がつかなくなる予感しかせえへんなあ」

と、どこか心配そうなら心持ちでコルネは言った。

「でも、私は楽しそうだと思います。いろんな魅力的な仲間達が居て、その船長さんは、ファウスト様にぴったりな気がしますっ!」

と、カミーラは興味津々な面持ちで言った。

「現実問題、そんな財宝あるんですか?私には、財宝なんかそっちのけで、海賊同士のバトルとか、脱線ばかりして全然、話が前に進まない気しかしないんですが」

 と、リングは冷ややかな視線で言った。

「皆、何か勘違いしているようだが、これは俺たちの冒険だ。俺は海賊王になんてなる気はない。なぜなら、俺は既に王様だからだ。何で海賊稼業に手を出す必要があろうか」

「まあ、確かに。でも、それなら何で財宝に?」

 と、冷静にリングは尋ねた。

「それは、財宝にはロマンがあるじゃないかっ!ロマンがあれば、そこに冒険があるんだっ!ピンチとか、感動があって、そこに夢があって、大きな感動に繋がるじゃないかっ!」

「おおーっ!」と今度はカミーラだけが歓声を上げた。

「……あれ?」

 と、カミーラは何で他の皆は賛同しないのかときょろきょろと皆を見回した。

「まあ、私は財宝が手に入れば、それでいいわ」

 と、ミルミルはきっぱりと言った。

「私は正直、ワクワクする冒険がしたくて、ファウストはんに付いていったんやし、大歓迎やわ。さっきのは敢えて、カミーラを一人浮かせる為にわざと賛同せんかっただけや」

「ひ、ひどいです、コルネさん……」

「これも愛やねん、カミーラ」

 と、コルネは慈愛に満ちた眼差しでカミーラに言った。

「それで、そのユニピースとやらは当てがあるんですか?」

 リングは尋ねた。

「それは、俺の大親友である、大海賊のハロルドがその情報を掴んでいるはずだ」

「ああ。この王様、大海賊と大親友という一国の主にあるまじきことをサラっと言ってのけますね。まあ、私は知ってましたけど……」

 リングは呆れて溜息をついた。

「ともかく、そのハロルドに案内してもらうんですよね。じゃあ、そのハロルドの所に行きましょうよ」

「安心しろ。奴はここに来るはずだ。もう少し後で落ち合う予定だ」

「だから、ここでだらだらと飲んでたんですね。それならそうと、早く言ってくださいよ」

「と言うことで、ここでしばらく待機だから、皆、各々、準備しておくといい。長旅になるかもしれないから装備はちゃんとしておかないとな」


 カミーラは席を立った。

「それなら、私が道具屋に行って、回復薬とか船酔いの薬とかも揃えときますね」

「気が利くな。さすが、カミーラだ」

 ファウストが感心して言った。

「本当は、それがあなたの役目なんですけどね、王」

 リングがチクリと刺すように言った。

「カミーラ。道具屋に行くなら、ついでに私の分も買ってきてくれない?」と、ミルミルが手を上げた。

「えーと、まずは美魔女の香水に、ホグ〇ーツ御用達のコスメセットに……」

「あんた、何しに冒険行くんや……」と、コルネは軽くツッコんだが、彼女も手を上げて、カミーラにリクエストした。

「じゃあ、ついでに、お好みソースと、小麦粉と……」

「あなたこそ、冒険に行って、何を作る気なの……?」

「うるさいわ。私にとって、お好み焼きはソウルフードなんやねん」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね。メモメモと。ええと、お好みソース?って売ってるのかなあ……?」

「あなた達、カミーラを勝手にパシリにつかわないでよね」

 リングは、ミルミルとコルネに注意するように言ったが。

「大丈夫ですよ。私の買い物のついでなんですから」


 そう言って、カミーラは買い物の為に酒場を飛び出していった。

「本当、あんな良い娘なんだから、どこか知らない馬の骨にでも攫われたらと、心配になってしまうわ」

 なぜか、リングはカミーラの母親面をして心配した。

「なんだと!攫われるだと⁉どこだそんな奴は、俺がとっ捕まえてやるっ!」

「例えばの話ですよ、王。躍起にならないで下さいよ。本当に王はカミーラ離れが出来ませんね」

「ふん。俺はあいつの保護者でもあるのだ。然るべき日まではあいつを守ってやないといけないのだ」

「ふーん。そうなんですね。それ以上のことは……?」

「もちろん。それ以上は俺達の本編の物語に繋がることだから、こんなところでは話せん」

「ですよねー」

と言ってリングは安堵した。


 ファウストとリングがちょうどそんな話をしている時、カミーラは急いで道具屋に行く為に人気の少ない路地裏に入っていたが、そこで、フードを被った少女に道を塞がれていた。

「ようやく、会えたね、カミーラちゃん」

「だ、誰ですか……?」

 カミーラは後ずさりしながら、恐る恐る尋ねた。

「あなたの良く知る、いや、これから良く知ることになると言うべきかな」

 少女がフードをめくった。それは、アルシェス達が街で出くわした、あのスリの少女だった。

「私と一緒に来てくれないかな?」

 少女が一歩、前へ足を踏み出した。カミーラが一歩引いた。

「い、嫌だと言ったら?」

「それは……」

 バサバサバサッというカラスが飛び立つ音が聞こえた。

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新米主人公アルシェス、真の主人公になる為の旅に出る まゆほん @mayuhon

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