第2話 ベテラン主人公
アルシェスとラギは城の廊下を曲がり、兵士の控室に入ることにした。どうやら、ラギの師匠のベテランの主人公は城に仕えている人物らしい。
「ここだ」
「……なんだか緊張するね」
アルシェスはドアをノックした。
「ゼロさん。ラギです」
「入れ……」
部屋の中から重厚感のある声が聞こえた。二人は声に従い、部屋の中へ入った。
部屋の中には、一人の長身の男が椅子に座っていた。銀色の長髪で、大きな外套を身にまとっていた。その風貌は凛々しく、しかし、幾度の死線を潜り抜けたと思われるような険しさがあった。腰には大きな刀の鞘を差していた。戦闘能力も相当高そうに見えた。
「この人がベテランの主人公さん?」
アルシェスは、ラギの後ろに隠れて恐る恐る聞いた。
「ああ。この方が俺の師匠であり、物語のベテラン主人公でもあるゼロさんだ」
「ラギ。止めてくれ。俺の物語はもう終わったのだ。これからはお前や、そこの主人公見習い君の時代さ」
「え。僕のことを知っているんですか?」
「もちろんさ。王様から聞いている。君たちのような主人公見習いに指導をしてくれと言われているからな」
「王様が……」
アルシェスは意気込んで前へ出た。
「初めまして。僕はアルシェスと言います。ゼロさん。いえ、師匠!どうかこの僕に主人公としての心得を教えてくれませんか!」
アルシェスは床に伏して、ゼロに懇願した。
「アルシェス君。顔を上げてくれ。確かに俺は王様からお前達を指導してくれと言われたが、俺が経験したのはあくまで昔の物語だ。今の流行りの物語に対して、俺の指導がどこまで通用するのか分からないんだ。残念ながら、期待させるだけ無駄足に終わるかもしれない」
ゼロは顔を背け、そう言った。
「そんなことありませんっ!」
ラギは声を荒げて叫んだ。
「俺はゼロさんの物語をずっと聞いてきたんだ。流行りなんて関係ない。俺はゼロさんのような主人公になりたいんだっ」
「ラギ。有難うな」
ゼロは、眼を潤ませているラギの頭にポンと手を乗せた。そんな光景をアルシェスはまじまじと見ていた。
「さっそく、師弟同士の素敵な関係が見れたなあ」
「俺が教えてやれることは大したことではないのだが……。しょうがないな。二人ともこっちに来るがいい」
「「はいっ‼」」
二人は、ゼロの元へ駆け寄った、と思った瞬間、急に周りの景色に吸い込まれるような感覚が二人を襲った。
「え、今、何が……?」
二人は一瞬、何が起こったか分からなかったが、そこは相変わらず、同じ部屋だった。ゼロもそこにいたが、先ほどとは雰囲気が変わっていた。何処かしらからアップテンポの曲が流れ出した。そして、ゼロからは躍動感に満ちて、鬼気迫るものがあった。というか、刀を抜いていた。
「え。まさか……?」
「何を突っ立ている?もう戦闘に入っているんだぞ?」
「戦闘⁉じゃあ、このアップテンポの曲と、さっき一瞬景色が変な感じになったのって?」
「ああ。今では少し古いかもしれないが、敵とエンカウントして戦闘に入った合図、といったところかな」
「古いというか、これは何というかゲーム感があるなあ」
アルシェスは、状況は分かったもののあたふたしていた。一方、ラギは冷静に剣を抜いて構えていた。
「え。ラギ?この状況にもう適応しているの?」
「ああ。俺も戦闘系の主人公の端くれだからな」
「戦闘って……、僕はまだ武器すらないのに……」
「何だと……!」
ゼロはじろりとアルシェスを睨んだ。
「ひぃぃぃ!ごめんなさいっ!」
アルシェスは、殺されると思って竦み上がってしまった。しかし、ゼロはパチンと指を鳴らした。すると、アップテンポの曲は止まり、ゼロは刀を戻した。
「あ、あのう……」
「来い」
ゼロはすたすたと部屋の奥の方に向かった。アルシェスとラギは付いていった。
「ゼロさん、怒っているのかな。僕が武器を持ってなかったから」
「うーん。分からないけど。主人公って言ったら普通は武器を持っているだろう。何で、君は持っていないんだ?」
「それは……、何でだろう?僕にも分からない」
実のところ、アルシェスに武器が無かったのは当然だった。アルシェスの物語を創るはずの王様がアルシェスの物語を何も決めていなかったのだ。ゼロやラギのようにファンタジーの世界観で、戦闘が前提であれば、剣などを持っているだろうが、現代の学園ものだった場合は、武器を持っていれば、それは銃刀法違反になってしまう。その場合は、良くて木刀か金属バットといったところだろう。
「こっちだ」
ゼロが案内した先には、ずらりと剣やら槍などの武器の類が並んでいた。
「師匠。これって……?」
アルシェスは恐る恐る聞いた。
「ああ。何でも選べ。ここには古今東西のありとあらゆる武器が備えている。オーソドックスなロングソードから、バスタードソード。もちろん、剣だけはない。長槍や短槍、斧もある。もちろん、杖だっていい。意外とモーニングスターとかは強力だぞ。弓も良い。パーティーに一人は不可欠だ」
ゼロは次から次へと武器を紹介していった。
「ラギ。もしかして師匠って……」
「ああ。武器マニアなんだ」
ゼロは武器を紹介している途中で急に止まった。そして、一つの武器を見つめた。
「武器を選べるというのは、実に良い!」
そして、ゼロは急にガシッと、両手でアルシェスの肩を掴んだ。
「え?」
「無限の可能性を秘めていると言ってもいい。そうここには無限の可能性があるのだ。ワクワクするだろう。カッコいい武器をもって戦う自分の姿を想像するんだ!そうすれば、自ずと武器から話しかけてくれる。そう私を選べと‼」
ゼロはそう熱く語った。
「ら、ラギぃ……」
アルシェスは、助けを求める眼でラギを見た。しかし、ラギは目を逸らせた。
「言っただろう。ゼロさんは武器の事となると熱くなるんだ。そう、某有名なプロテニス選手のようにな……」
「さあ、選べ!」
ゼロは、アルシェスにグイッと顔を寄せてきた。
「ええと……。こんなに沢山あるし迷うけど。じゃあ、その辺のロングソードを……」
「そうか、選べないか!じゃあ、私が身繕ってやろう!」
ゼロは、アルシェスの言葉を無視して、プイッと顔を武器の方に向けた。
「この人、僕に選ばせる気ないでしょ……」
アルシェスは呆れて、ラギの方を見た。ラギは首を振った。
「ゼロさんは武器の事となると目が無いんだ。諦めてくれ」
ゼロはさきほど、目を止めた武器の前に立った。それは、ゼロも持っている刀だった。
「刀というのは良い」
「刀ですか。僕に扱えるのかなあ」
アルシェスはまじまじと刀を見た。鞘に入った長身の剣だった。
「アルシェス君。刀は何が良いか分かるか?」
ゼロはアルシェスに尋ねた。
「え、えーと。僕は刀の事はあまり知らないですけど、確か、東洋の国で昔、侍っていう人達が使っていた武器でしょう?斬ることに特化して作られていて、他の武器と比べても切れ味が良いっていう」
アルシェスは淡々と語った。
「お前も意外と詳しいな、アルシェス……」
ラギは驚いていた。
「そうだな。アルシェス君。君の言っていることは正しい。だが、君は一つだけ決定的なことを見落としている」
「え。何ですかね」
ゼロは、刀を手に取り、鞘から引き抜いた。ギラリと光る刀身が見えた。
「見ろ」
そして、ゼロはおもむろに腕を上げて、刀の切っ先をアルシェスに向けた。
「な、何ですか?」
アルシェスはびっくりして身を引いた。
「どうだ。この構え。カッコいいと思わないか?刀の最大の利点。それはカッコよさだ。とても絵になる。しかも、刀を持っているだけでめちゃくちゃ強キャラに見えるだろう?」
「はあ……」
アルシェスはあっけに取られていた。そして、ラギを見た。
「ラギ。この人って本当に強い主人公なの……?」
「アルシェス。君は勘違いをしている。主人公だから強い弱いの問題じゃない。一番重要なのはカッコいいかどうかなんだ」
とラギは真顔で言う。
「僕が間違っているのかなあ。こんなので本当に主人公の心得を身に付けれるんだろうか……」
アルシェスはため息をついた。
「とはいえ、アルシェス君。君には刀は似合わない。だから、こっちの普通のショートソードにしよう」
「ええええっ‼ 結局、刀にしないんかいっ!」
アルシェスはツッコんだものの、渋々とゼロからショートソードを受け取った。
「そう気に病むな、アルシェス君。最初の武器はこんなものだとしても、強くなるにつれて、武器もより強く、もとい、よりカッコよくなっていくものだ。その楽しみがあるだろう?」
「まあ、そうですけど……」
「ともかく、二人とも武器は揃ったのだ。早速いくぞ……!」
そこで、再び、空間がぐにゃりと曲がり、アップテンポの曲が流れ始めた。
「はあ。やっぱり戦うのね」
「もちろんだ」
アルシェスは観念してショートソードを構えた。その瞬間にゼロの刀が躊躇なくアルシェスに向かってきた。アルシェスは咄嗟に剣を向けたので、斬撃は防いだものの、後方へ吹っ飛ばされて、尻もちをついた。
「イテテ……。いきなり容赦ない人だなあ。でも、この人、只の武器マニアじゃなくて、本当に強い人だったんだ……」
「当たり前だ。ゼロさんは騎士団長もやってたんだ。ゼロさんの物語では、国の英雄とまで言われる存在になってたんだぞ」
そう言いながら、ラギは必死でゼロの攻撃を何とか受けていた。ラギも到底、ゼロには敵わないようであったが、それでも何とか耐えていた。
そして、ゼロの猛攻は一旦、止まった。アルシェスもラギもはあはあと息を切らしていた。
「よし。お前達にとっておきのものを見せてやろう」
「なんですか、それは!」
ラギは期待の眼差しをゼロに向けた。
「戦闘系の主人公の一番の見せ所と言ったら、それは必殺技しかないだろう」
「おぉ‼」
ラギは歓声を上げた。
「うーん。なんか嫌な予感がするなあ」
アルシェスは身構えていた。
「見るがいい」
ゼロは刀を逆手に持って、自分の後方に回した。
「あれ。なんか見覚えがあるような構えだなあ……」
アルシェスは訝しげにゼロの姿を見ていた。
「いくぞ。我が究極奥義、ゼロストラッシュだっ‼」
すると、ゼロの刀が閃光を放ち、ゼロが刀を振るうと、刃はアルシェス達の元には届かなかったが、閃光と共に謎の衝撃破がアルシェス達を襲い、二人は吹っ飛んでしまった。
「イタタタタ……」
「安心しろ。手加減はした」
アルシェスは何とか身を起こした。
「わ、技名が、ダ、ダサい……。自分の名前を入れるなんて。ていうか、技名もだけど、構えとか技の出し方が完全にパクリじゃないかっ!」
アルシェスはそう叫んだが、ゼロはきょとんとしていた。
「ん?何のことだ?これは俺の正真正銘のオリジナルの技なのだが」
「うっわあ。しらばっくれているよ、この人。確かに昔の作品の技だから、今の若い人達は知らないかもしれないけど、最近、またやってたから、きっと若い子も知ってるよ。ああ、どうしよう、とんでもないことしてくれたな、この人……」
アルシェスは頭を抱えていた。
「何の事だか分らんが、確かに俺の技は古いからな。今の流行りには合わんかもしれんな。もっと、何とかの呼吸、とか何とかの型って言うのが良かったか?」
「良いです!良いですから、もう何も言わないでくださいっ!」
アルシェスは更なる惨事にならないようにもう帰りたかった。
「ゼロさん……」
ラギはゼロをじっと見つめた。
「ラギからも言ってやってよ。無茶苦茶だよ、この人。技もダサかったし、そもそもパクリだし」
「……めっちゃ、カッコよかったです。その必殺技、俺もやりたいです!」
ラギは羨望の眼差しをゼロに向けていた。
「ああ、そうか。この二人は揺るぎない信頼関係で結ばれてる師弟同士だったんだ。ラギ。こんな姿をヒロインが見たら、彼女は間違いなく悲しむよ……」
とアルシェスはため息交じりにそう言った。
「へっくしゅん」
「どうしたの?カミーラ。風邪?」
「うーん。誰かさんが私の事でも話してるのかなあ」
お城からちょっと離れた酒場で少女が、誰かさんの噂話のせいで、くしゃみをしていた。彼女のお話はもう少し先のこと。
アルシェスは、ゼロがラギにさっきの必殺技を教えているのを早く終わらないかなとじっと見ていた。
「アルシェス君。君もやりたまえ。ほら、こうやって構えるんだ」
「い、いえ。僕にはまだ出来そうにないから遠慮しておきます」
アルシェスは、心底、そんな技を覚えたくなかった。
「そうか。残念だな」
そして、一通り終わったようで、ラギはアルシェスの方にやってきた。アルシェスはこれでようやくここから立ち去れると安心した。
「ゼロさん。今日は稽古を付けて頂きありがとうございました」
ラギは深々とお辞儀をした。アルシェスも申し訳ない程度にラギに合わせて頭を下げた。
「いつでも来るがいい。俺でよければ、いつでも力になってやろう」
ラギはアルシェスを見た。
「聞いたか、アルシェス。あのゼロさんがいつでも力になるって言ってくれてるんだ。これでもう主人公になったも当然じゃないか、良かったな!」
そう言って、ラギはバンバンとアルシェスの肩を叩いた。アルシェスは何が良かったのか、全く分からかなかったが、とりあえず、うんうんとだけ頷いておいた。
そして、アルシェスとラギは、ゼロの居た兵士控室を後にした。
「主人公の中の主人公、ゼロさんに教えてもらったんだ。こんな素晴らしい日は無いな」
ラギはよっぽど嬉しかったのか有頂天になっていた。
「アルシェスも主人公のことが分かって来たんじゃないか?」
「うーん……。何だろう。とりあえず、キャラが立っていないといけないっては分かったような気がするよ」
ラギは、そうだろう、そうだろうと言っていたが、アルシェスの真意は分かっていないようだった。
「それよりもラギ。ヒロインに会いに行くんでしょ?今のままだと、君の物語はゼロさんとの師弟愛の物語だと思われてしまうよ。それはそれで需要はありそうだけど」
「そうだった。彼女は確か町の酒場で仲間達といるはずだな」
「よし。早く行こう!僕が見たいのはBLものじゃなくて、普通の恋愛ものなんだからさ」
「ん。BLってなんだ?」
ラギは尋ねたが、アルシェスはあえて、その発言を無視した。
二人は城門を出て、町へと入っていった。町には多くの人で賑わっていた。
「すごいいっぱい人がいるね。これ皆、主人公さん達?」
アルシェスは聞いた。
「まさか。中にはいるんだろうけど。ほとんど脇役じゃないか。俺たちの物語を支えてくれる人たちだろうな」
「そっか。みんなが居るから僕たちの物語があるんだね」
アルシェスは感心して、人混みを見ていた。すると、前からドンっとフードを被った少女がぶつかってきた。少女はその反動で倒れてしまった。
「あ。ごめん」
アルシェスは、倒れた少女に手を伸ばした。少女はアルシェスの手を借りて、すっと立ち上がると、小声でごめんなさい、とだけ言って先を急ごうとしたが。
「待て」
ラギは少女の腕を掴み引き留めた。
「今、懐に入れたものを見せろ」
「なんでしょう?急いでいるので……」
「とぼけるな。今、アルシェスの財布を抜き取っただろう?」
少女は、チッと舌打ちして、懐からアルシェスの財布を出した。ラギは素早く財布を奪え返して、アルシェスに渡した。
「あ、ありがとう」
「全く、ここも治安が悪くなったな。こいつはたぶん下っ端の悪役なんだろうな。城の兵士に引き渡すか」
「ま、待ってください!」
少女はフードを取った。薄茶色の髪を上で括ったポニーテール姿の可愛らしい少女であった。アルシェス達とそう歳は違わなそうだった。
「家でお腹を空かせた弟達が待っているんです。私が居なくなったら、皆、野垂れ死んでしまうんです」
少女はうるうると涙目になりながら、上目遣いで訴えてきた。アルシェスは同情した気持ちになってきた。
「ラギ。可哀そうだよ。今回は見逃してあげようよ」
「うーん……」
ラギはどうしようかと悩んでいた。ラギとアルシェスが互いに顔を見合わせていると。
少女の姿がフッと消えて、風がラギとアルシェスの間を突き抜けた。そして、いつの間にかアルシェス達の後方に少女が財布を手に掲げて立っていた。
「あっ!」
アルシェスは再び自分の財布が無くなったことに気付いた。
「ふふふ。油断しすぎだよ、君たち」
「くそっ。コイツ!」
ラギは剣に手をかけた。
「ちょ、ちょっと、ラギ。こんなところで!」
アルシェスはラギを制したが、ポーンと財布がアルシェスの手元に帰ってきた。アルシェスとラギは、ぽかんとしていた。
「今回は見逃してあげよう。君たちあまりにも可哀そうだからね」
「コイツっ!」
ラギは再び剣に手をかけた。
「ラギ。もう良いじゃないか、財布は戻って来たんだから」
ラギは、チッと舌打ちをした。
「今度はこうはいかないよ。また会おうね、ラギ」
そう言って、少女は再び消えるように去っていった。二人は唖然として立っていた。
「ラギの知り合いだったのかな?」
「いや。でも、おそらく、俺の物語に出てくる登場人物なんだろうな。どうせ、悪役の下っ端のコソ泥だろう。物語で出会ったら、とっちめてやる」
ラギはフンッと鼻息を荒げて、すたすたと歩きだした。
「そうかなあ。わざわざこんな出会い方をするなんて、なんか重要そうなキャラの気がするけどなあ」
アルシェスはそう言いながらも、足早にラギを追いかけていった。
物陰から、二人の様子をさきほどの少女が覗いていた。
「あれが我らが物語の主人公、ラギ様ねえ。大した事無さそうじゃん。ラギには悪いけど、私の大いなる野望を実現させてやるからね。このシャラ様の手によってね。あんたの物語がこのまま始まると思ったら大間違いさ、くくく……」
少女は短刀を握りしめて、ほくそ笑んでいた。
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