カリーナ夫人とシャロン叔母さま 3

▫︎◇▫︎


 そして、冒頭へと戻ってくる。

 最初の要望通り、机の上にはたくさんの愛らしいドレスと上品なドレスが並んでいて、カリーナとシャロンはそれぞれの推しのドレスを手に力説している。


「アイーシャには上品で大人っぽいドレスこそが似合うわっ!!」

「いいえ!!可愛らしいデザインこそ似合うわっ!!それに、可愛らしいデザインというのは、この歳でしか着れないものっ!!」


 ドレスはどちらも愛らしい。だからこそ、アイーシャはどっちが好きかということを決められずに、うじうじと無言を貫いていた。


「「アイーシャはどう思うのっ!?」」

「ひっ、」


 話を振られる度に悲鳴を上げて、ビクビクと怯えてしまう。

 かれこれ2時間、こんな感じなのだ。


「「いい加減に決着をつけましょう、アイーシャ!!」」

「あうっ、」

「「アイーシャ、あなたはどっちが好きなの!?」」


 アイーシャは困り果てて、人差し指でドレスを指そうとしてゆるゆると首を振りながら口を開け閉めした。


「い、色は、水色が好き。サイラスさまの色、だから」

「まあ!やっぱり!!」

「で、でも!」


 シャロンが喜んで立ち上がるのを横目に、アイーシャはもごもごと口を開く。


「ドレスのデザインは、か、可愛いのが好き」


 2人の夫人は一瞬だけ目を見開いた後に、くすっと笑い合って顔を見合わせた。


「あらあらアイーシャ、わざわざここで惚気なくてもいいのよ?叔母さま、困っちゃうわ」

「そうそう。親友の娘に惚気られちゃうなんて、親友に怒られちゃうわ」

「っ、」


 惚気た自覚がなかったアイーシャは、ぼふんと顔を赤くして顔を隠すようにしてうずくまった。


「も、もういやあああぁぁぁ!!」


 アイーシャの悲鳴は悲しくも楽しげな夫人2名に無視され、アイーシャはそこから可愛いデザインの水色のドレスを20着以上着ることとなった。そして、着せ替え人形を楽しんでいる夫人たちはご機嫌そうに笑いながら、


「あらあら、よくに似合っているわ。じゃあ、次はこれにしましょうか」

「そうね。その次はこれにしましょう」


 といつのまにか仲直り?をして、アイーシャに着せるドレスを増やすばかりだ。アイーシャはメソメソとしながらも、心の奥底から拒むことはできなくて、それでいてサイラスの反応を想像すると、ドレスを着て、そしてすぐに脱ぐという苦行も楽しくなってしまうのだから、もう末期だ。恋とは末恐ろしいとアイーシャは吐息を漏らす。


「あら!これ素敵じゃない!!叔母さま、これを次の夜会で着ることに1票!!」

「そうね。品がある上品なデザインでありながら、お花やリボンで飾られていて可愛らしくて、宝石も公爵家の娘に相応しい量ついているわ。私も、このドレスが1番素敵だと思うわ」

「はぅー、」


 疲れ切ってしまっているアイーシャは生返事しかできなかったが、確かにこの今身につけている水色のAラインドレスが最も今まで着た中で上品でいて可愛らしかった。それに、今まで着てサイラスの反応が良かったドレスのデザインに近い気がする。


「うふふっ、王太子殿下は嫉妬深くて肌の露出が多いドレスを嫌うから、このドレスはそういう意味でも完璧よね~」

「あら、そうなのね。王太子となれば、アイーシャが婚約者でもドンと構えているのかと思っていたわ」


 2人の会話に、アイーシャの頬は赤く染まった。大事にされているとは思っていたが、彼が嫉妬しているとは思っても見なかったアイーシャからしたら、周囲の客観的な評価というのはとても分かりやすくて、それでいて恥ずかしかったのだ。


「うふふっ、そんなことはなくってよ。いっつも必死だもの」

「あらあら、王太子殿下も大変ね~。アイーシャはどんどん愛らしくなっているもの。恋は女の子を強く、愛らしく、そして、美しくするものね~」


 うんうんと頷くカリーナ夫人に、アイーシャは頬を押さえて顔を隠す。恋は女の子を“特別”にするというのは知っていたが、まさか自分にも当てはまっているとは思っても見なかった。


「アイーシャはその傾向が顕著だから、なおのこと大変そうよ。この前なんか、本人は気づいていなかったけれど、隣国の王子さまがアイーシャに愛を囁いていたのだから!!」

(はへ!?)

「まあ!今度そのお話を詳しく!!」

「えぇえぇ!任せてちょうだいな!!」


 自分はいつ求婚されたのだろうかとアイーシャは大きく首を傾げた。けれど、どんなに思考を掘り返してもそういう記憶は一切戻ってこない。シャロンの勘違いではないだろうかと小首を傾げていたら、アイーシャの後ろから大きなため息が聞こえた。


「私の可愛いアイーシャに、余計なことを吹き込まないでいただけるか?シャロン夫人、いいや?シャロン義母上と呼ぶべきかな?」

「さ、サイラスさまっ!!」


 アイーシャの喜色満面の笑みに、サイラスは冷たさを孕んだ表情をふっと緩め、ふわっと花が綻ぶように微笑んだ。


「今日も精霊のようにとっても愛らしいよ。愛しのアイーシャ」


 アイーシャは頬を赤く染めて愛らしく微笑んだ。


「ご機嫌よう、愛しのサイラスさま」


 立ち上がって挨拶をしようとして阻まれたことに少しだけ不服そうにしながらも、アイーシャはサイラスの登場に安堵と喜びを感じていた。


「シャロン義母上、それで、アイーシャに何を教えようとしていたんだ?」

「うふふっ、あなたさまが1ヶ月前の夜会で客人の前から唐突にアイーシャを連れ去った時のお話をしようとしていただけですわ」


 アイーシャは1ヶ月前の夜会を思い浮かべたが、やっぱりシャロンの言っていることがイマイチ分からなかった。そもそも、自分には殿方に好かれる所以がないと思い込んでいるアイーシャは、自分が求婚される理由を全くもって思いつくことができない。だからこそ、顎に人差し指を当てて、無言で首を傾げ続ける。シャロンとカリーナはもちろんのこと、サイラスも、決してアイーシャの素朴な疑問には答えてくれない。


「………その話は他言無用だ」


 隣に腰掛けたサイラスから、ぶっきらぼうでいて地を這うような低い声が漏れ出て、アイーシャの心に占める感情は不思議から驚きに変化した。


「あらあら、男の嫉妬は醜いですわよ」


 シャロンが今日の深い緑色のドレスに合わせた銀の扇子をぱらりと開いた。


「大事にしているだけだ」

「大事にしているからこそ、たくさんの選択肢を与えるべきでは?」


 カリーナがいきなり参戦したことに、サイラスは少しだけ目を見開いた。アイーシャはそんなサイラスも素敵だとうっとりした表情で彼を見つめながら、居心地の悪そうな彼に内心首を傾げる。

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