カリーナ夫人とシャロン叔母さま 4

「っ、………君は………、」

「アイーシャの母と交友がありました、カリーナと申します。以後、お見知り置きを」

「フェアリーン王国王太子サイラスだ」

「存じております」


 カリーナの威風堂々としたたおやかな笑みに、アイーシャは引き攣った笑みを浮かべてしまった。王太子相手にあそこまで堂々としているというのは、普通の人間では無理だろう。アイーシャはついつい恐れ慄いてしまう。


「………アイーシャは私のものだ。他のものにやるつもりはない。たとえ、それによって、アイーシャの選択肢を狭めることになっても、だ」

「あらあら聞きまして?カリーナ夫人。男を磨くのではなくって、男を遠ざけるというのを選択するのですって。そんなに自分自身に自信がないのかしら?情けないとは思いませんこと?」


 相変わらず扇子を開いて楽しげに声を弾ませているシャロンは、嘆くようにカリーナに問いかけた。声音と会話の内容が噛み合っていない。


「えぇえぇ、男ならば、堂々と構えておくべきですわ。人望のあるお方ならば、好いた女性も側に居てくれるでしょうに」


 カリーナもくすくすと笑っている。

 アイーシャは頭痛がする惨状に、ドレスの裾をぎゅっと握り締めた。すると、サイラスがアイーシャの手の上に己の手を乗せた。大きな、ペンだこと剣だこのある手に包まれて、アイーシャは幸せな気分になる。


「アイーシャ以外なら、そうするかもしれない。けれど、アイーシャだけはダメなんだ。私は、アイーシャなしでは生きていけない」


 真っ直ぐとしたサイラスの言葉に、女性3人は少し驚いた後に、顔を赤く染めた。


(サイラスさま、素敵すぎる………)


 アイーシャが幸せを噛み締めていると、2人の夫人が咳払いをする声が聞こえた。アイーシャはこてんと首を傾げながら、2人を見つめる。


「きょ、今日のところはこれで勘弁して差し上げることにするわ、カリーナ夫人」

「そ、そうね。これ以上は、火傷をしてしまいそうだもの。私も賛成よ、シャロン夫人」


 そそくさと扇子で顔を隠した2人を不思議に思いながらも、アイーシャはサイラスを見つめた。


「さ、サイラスさま、いかがでしょうか?」

「あぁ、ーーーよく似合っている」


 噛み締めるようにつぶやかれた言葉に、アイーシャは幸せそうに微笑んだ。口が緩むのを止められなくて、情けない表情をしている自覚があっても、アイーシャはついついサイラスを見つめ続けてしまう。


「サイラスさま、」

「アイーシャ、」


 顔と顔がどちらからともなく近づいていき………、


 ーーーパチン、


「いちゃいちゃなさって良いとは申しておりませんわよ?」

「えぇえぇ、流石にやりすぎかと存じますわ」

「チッ、」


 サイラスは2人の夫人を睨みつけた後、すっと立ち上がった。


「アイーシャ、行こう」

「え、あ、」

「うふふっ、お洋服の会計は済ませておくから、行ってきなさいな」


 アイーシャの心配に気がついたシャロンがふっと疲れたような笑みを浮かべながら言った。


「ご機嫌よう、アイーシャ」

「は、はい。ご機嫌よう、カリーナ夫人」


 サイラスに引きずられるようにしてエスコートされながら後ろを振り向いて、カリーナに挨拶をしたアイーシャは、サイラスと共に店を出る。


「あの2人は混ぜるな危険だな」

「………はい。今日1日で、嫌というほど実感しました」


 アイーシャとサイラスは疲れ切ったように息を吐いて苦笑する。そして、夕日を背にして目を瞑った。


 ーーーちゅっ、


 本日2度目の試みで成功したキスは、甘い味がした。

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