第41話

 アイーシャ達イスペリト公爵家の人間が王城に到着すると、そこには頭に手をやって疲れ果てている国王と、青筋立てて剣の柄に手を置いてしまっているサイラスと、その前でそんな様子に気付かずに楽しげに話し続けるクロードとライミーがいた。


(彼等ってあんなに馬鹿だったかしら?)

「《アイーシャ、アイツらの頭テカテカにしていい?》」

「《え~、そんな面倒臭いことせずに、もう存在ごと闇の彼方に消しちゃおうよ~!!》」

「《髪を燃やしてチリッチリにしてやるわ!!》」

「《服びしょびしょにしてやっていい?》」

「《どろんこにして泥団子を食べさせてやるわ!!》」

「《身体中風の刃で切り裂いてやろうかな~》」


 アイーシャの契約精霊たるエステル、ユエ、フー、アクア、エアデ、ヴィントが殺気立って言った。

 アイーシャの背中から冷や汗がぶわりと浮いた。


「だ、大丈夫よ。これはわたしの戦いだから」

「《では、妙に寒く感じるように彼らの周りだけに霧を発生させても構いませんか?》」

「え?」


 ラインハルトの契約精霊、ウォーティーがいい笑みを浮かべて言った。


「《汗びっしょりになるようにアイツらの周りの温度だけ上げていい?》」

「《風で髪の毛をぼさぼさに!!》」


 エカテリーナの契約精霊も便乗してきた。


「《靴の中に水を突っ込んでやるわ!!》」


 ユージオと仲の良い名無しの精霊が激怒していた。


「《口の中がじゃりじゃりするようにする~!!》」

「《眩しー!!ってなるように目の前でチカチカするー!!》」


 シャロンの精霊、ランドとライトもやる気満々だ。

「《周りが真っ暗で不安にしてやる!!》」

「《指先から火がいきなり出てきてびっくり!!》」

「《手がいきなり土だらけでびっくり!!」


 ユアンとショーンの精霊、ダーク、ファイアー、アースが口々に怒ったように言った。


「わたしの断罪が終わるまでは待ってちょうだい。その後は好きにしていいから」


 アイーシャはそのあと深く深呼吸をし、カツカツというヒールの音を鳴らして歩みを進めた。


「国王陛下、招集により参りました。イスペリト公爵家が娘、アイーシャ・イスペリトですわ」

「おぉ、よく来てくれた」


 国王がやっとかと言わんばかりの返事をした後、アイーシャは婚約者の方を向いた。


「サイラスさま、今日もとてもかっこいいわ。えっと、その………」

「君と揃いになるように着替えてみたんだ。どうかな?」

「素敵よ………。言葉が思いつかないくらいに」


 アイーシャは頬を赤くぽうっと染めて微笑んだ。その際、アイーシャのドレスがひらりと揺れてダイヤモンドの飾りが7色の光を帯びた。精霊達の可愛い悪戯だ。


「本当に、君は精霊に愛されすぎているね」

「羨ましいの?」

「あぁ、羨ましいさ。それに、君を愛している精霊に嫉妬してしまいそうだ」


 サイラスはアイーシャの頬を優しく撫でた。アイーシャは恥ずかしがりながらも、その手を受け入れた。


「そうだ!わたし、あなたに刺繍を刺したの!!受け取ってくれる?」

「あぁ、勿論だ」


 アイーシャは2本のバラが美しく刺繍されたきめの細かい真っ白なハンカチを取り出して、頬を染めながらサイラスにそうっと差し出した。


「ありがとう」


 アイーシャは花が綻ぶようにふんわりと微笑んだ。


「アイーシャは刺繍が得意なのだね」

「えぇ、大好きなの!!」


 手を合わせて言ったアイーシャに、サイラスは微笑みを返した。


「な、な、こ、こここ、が、アイーシャーーーーー!?」


 クロードがアイーシャに向けてビシッと指を指した。指を指されたアイーシャは、不機嫌そうに片眉を上げた。


「外国の貴族相手に、敬語すら使えないのですか?クロードさま」

「なっ!!失礼だぞ!貴様!平民風情が俺に向かってっ!!」


 地団駄を踏みながら言ったクロードに、サイラスとアイーシャの家族がぶわりと殺気を撒き散らした。


「平民ではありませんわ。先程も名乗りましたが、フェアリーン王国の公爵家の娘です」

「はあ!?」

「わたしのお母さまは公爵家の一人娘だったんですもの」


 アイーシャはこてんと首を傾げて、みすぼらしい格好をしたクロードとライミーを嘲笑うように見つめた。


「なっ、偉そうに!!魔力なしのあんたなんかまともに1人じゃ生きられないんだから、私たちの言うことを聞いていなさい!!」

「ふふふっ、わたしがまともに生きられない?笑わせないで、わたしは1人で生きられるわ。この国では魔力を持たない人間は王族や高位貴族では珍しくないの。だから、わたしはこの国では何不自由なく生きていけるわ」

「はあ!?この国の王族や高位貴族は揃いも揃って無能なわけ!?」


 ライミーが無能と叫んだ瞬間、アイーシャの顔から表情がごっそりと抜け落ちた。


「あなたは誰が無能って言いたいわけ?」

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