第40話

 アイーシャの母たるエミリアは、見事なプラチナブロンドの巻き毛にアイーシャと同じサファイアのような瞳を持った傾国の美女だった。そして、アイーシャの父はそんなエミリアに一目惚れし、何度も何度もアプローチし、やっと手に入れたのだ。


「アイーシャお嬢様のお髪はウィルフレッド様譲りですか?」

「えぇ、お父さま譲りよ。そして、わたしの唯一の父譲りなところでもあるわ」

「あら、私は頭脳もお父君譲りかと思いますよ?」


 アイーシャはちょっと、いや、大分ぽややんとした母親を思い出し、苦笑した。気が強いところや礼儀作法は母親そっくりと言われていたが、確かに頭脳は似ていないかもしれない。策略をめぐらせたり、相手を試したりすることが苦手な無垢な母親と、意地の悪い自分は大違いだ。今も元婚約者と従姉妹に仕返ししようとしている人間が母親と似ているなど烏滸がましいとアイーシャは思った。


「そうね。わたしの頭脳はお父さま譲りかもしれないわ。今もわたしは元婚約者に仕返ししようとしているのよ?」

「いえ、そこはエミリア様似かと」

「え?」


 アイーシャは目をぱちくりとした。だって母親だ。穏やかで虫をも殺せぬような母親なのだ。アイーシャは眉を寄せて首を傾げた。


「どうしてわたしの過激で意地悪なところがお母さま似なの?」

「あぁー、お嬢様はもしかしなくともエミリア様の起こした断罪騒動をご存じない?」


 ベラは引き攣った笑みを浮かべて、断罪騒動の話をねだるアイーシャに当時のことを話し始めた。


「アレは確かウィルフレッド様とエミリア様が婚約して1年とちょっとしか経っていなかった頃のことだったと思います。ウィルフレッド様に幼い頃から恋慕を抱いていた公爵令嬢が、ウィルフレッド様と結婚するためにウィルフレッド様に襲い掛かろうとしたのです」

「え!?」


 アイーシャはびっくりして目を見開いた。父親は母親一択でずっと溺愛していた。異常なまでにべったりで、アイーシャの結婚希望が大きくなりすぎるくらいにはそれはそれは独占欲がすごかったのだ。


「そして、それにお怒りになったエミリア様はウィルフレッド様と1ヶ月余り口を利かず、ウィルフレッド様を襲おうとしたご令嬢を断罪なさいました。国同士で認められた婚約をダメにしようとしたこともあり、彼女とその家族は国外追放、ディアン王国とフェアリーン王国の出入りが禁止されました。まぁ断罪はその前に行われ、ご令嬢の立場はなきに等しくなるまでエミリア様に完膚なきまでにコテンパンにされてしまったのですけれどね」


 おーっほっほ!!と高笑いしたベラに目を見開いたアイーシャは、その後じいっと考え込んだ。


(わたしも思いっきりやっていいのかしら?優しい優しい慈悲深いお母さまのお顔に泥を塗ってしまわない?)


 アイーシャはプランを変更するかどうか考えに考え込んだ。そして、


「エミリア様同様、逆鱗に触れたらどうなるか、お見せして差し上げたらどうですか?」


 というベラの言葉に、アイーシャは覚悟を決めた。


「えぇ、そうね。プランを変更するわ」


 アイーシャは怖いくらいに整った顔に、満面の笑みを浮かべた。


▫︎◇▫︎


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