第39話

 だが、アイーシャのそんな楽しげな雰囲気と機嫌もあっという間にぶち壊されてしまった。何故なら、王宮から


『ディアン王国の王太子とその婚約者と名乗る者来たり。アイーシャを返せと騒いでいる。サイラスが懲らしめようとしているから至急来られたし』


 という連絡があったからだ。アイーシャはぐぅっと眉を歪めた。最も会いたくないと思っていた人のせいで、大切な人との初デートが邪魔されたのだから、当然の反応だろう。


「ベラ、わたしをうんと綺麗にして。アイツらを見返してやるの!!」


 アイーシャは握り拳を作ってふんすふんすと意気込んだ。そんな主人を可愛らしく思いながら、ベラはアイーシャから装飾品を外し、ドレスを脱がせた。ついでに髪も解いていく。


「承知いたしました。ドレスはいかがなさいますか?」

「昨日のと似たデザインはあるかしら?」

「昨日のものよりも宝石が多く縫い付けられたデザインの物がございます」


 ベラはにやりと微笑んだ。昨日は派手すぎるものはよろしくないかもしれないという観点から、少し飾りが少なめのものを選択していたのだ。

 だからこそ、ベラは興奮していた。エカテリーナやシャロンから今日は目一杯着飾らせろという命を受け、なおかつアイーシャ本人の許可もあるとなれば、好き勝手し放題なのだ。


「本気でやりきりますわ!!」

「えぇ、お願い。だっておしゃれは女の武器でありお守りだもの」


 アイーシャは昨日エカテリーナに言われた言葉を思い出した。


『おしゃれは女の最大の武器です。着飾れば自然とそのドレスに泥を塗らないように背筋が伸び、きらきらと輝く宝石はわたくし達に勇気をくれます』


 アイーシャにとって昨日着たドレスは大切な思い出の品だからできれば今日のような日には着たくないし、何より高位貴族は2度同じドレスを公の場で着ることはできない。ならば、ちょっとでも似たデザインのドレスを着るのみだ。

 アイーシャは、ベラが持ってきた昨日着たドレスと同じ素材を使い、銀糸で雪の結晶の刺繍を散りばめ、虹色に輝くダイヤモンドがたくさん縫い付けられたドレスに目を向けた。黒いレースで素肌をすっぽりと隠すデザインのドレスに、アイーシャは少し緊張した。

 昨日はどちらかというと、清楚なデザインだった。肌は普通に出していて白いレースを使っていた。黒のレースのお洋服なんてお葬式以外でアイーシャは身に着けたことがなかった。


「緊張するわ」

「似合うと思いますよ。だってアイーシャお嬢様は可愛らしくもありますが、妖艶でもいらっしゃいますから」


 アイーシャは不安そうに微笑んだ。そして、大人っぽいデザインのドレスを身に着けた。お揃いの黒のレースを使った手袋を身につけ靴下を履き、深い青色のピンヒールを履いた。


「やっぱり、お似合いです」

「………そう、かしら?」


 アイーシャは身に着けた後も不安げだった。髪はコテを使って緩やかに巻き、左側だけを複雑に編み上げてプラチナにダイヤモンドが付けられたバレッタで止めた。お揃いのネックレスやイヤリング、ブレスレットを身に着ければ鏡の前には、母にそっくりな髪色の違う人間が立っていた。


「………お母さまにそっくりね」

「そういえば、エミリア様は巻き毛でしたね」

「えぇ………、これなら頑張れそうな気がするわ」

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