第38話

「おはようございます。アイーシャお嬢様」


 次の日、アイーシャはまたもやあまりの眩しさに目を覚ました。


「ふぁ~、ふにゃにゃ…………」

「起きてください、アイーシャお嬢様今日はサイラス王太子殿下とデートですよ」

「!?」


 アイーシャはバサリと勢いよく起き上がった。寝ぼけすぎて寝台から落ちたが、アイーシャはあたふたとしていた。


「ふふふ、大丈夫ですよ。お時間はまだたっぷりあります。可愛く仕上げましょうね」

「…………綺麗にもしてね?」


 アイーシャはベラに向けてこてんと首を傾げた。寝ぼけてぼーっとしているが、昨日よりはまだマシだ。ベラは昨日シャロンから、アイーシャがサイラスにプロポーズされて泣いたことを聞いていた。

 可愛らしい乙女なアイーシャに、ベラは昔のシャロンのことを思い出した。ユージオとシャロンは12歳の頃に出会った。そして、2人とも一目惚れをした。今でこそ仲良しなおしどり夫婦だが、昔は嫉妬や不安が多く大変だったのだ。


「アイーシャお嬢様はサイラス王太子殿下のことが好きなのですね」

「………えぇ、好きよ。初恋かもね」

「え、…………えぇ!?」


 ベラは遅い初恋を迎えたかもしれない主人に、素っ頓狂な悲鳴をあげた。ここら周辺の国では、一般的に16歳で成人を迎える。ここから考えられることは、アイーシャは成人を迎えるまで1度も恋というものを経験していなかったということだ。

 ベラは大きな溜め息をついた。こういう手合いの人間は厄介なのだ。いちいち相手の行動を不安がってずっと質問をしてくる。シャロンの初恋時もそれはもう酷かったものだった。ベラはまたあぁなるのかとこれまた溜め息を漏らした。


「アイーシャお嬢様は、元婚約者の方が好きではなかったのですか?」

「………ん?んー、好きではなかったかな。好きだって暗示はかけてたけど」


 アイーシャはぼーっとしたままベラにされるがままに着飾ってもらっていた。水色の色彩がたくさん入ったワンピースと装飾品に、アイーシャはぽうっと頬を染めた。


「…………変じゃないかしら?意識しすぎって思われない?」

「大丈夫ですよ。というか、アイーシャお嬢様、昨日寝ていませんね?」

「うっ、ごめんなさい」


 そう、昨日アイーシャは眠っていないのだ。そうしても今日の初デートでプレゼントを渡したくて夜通し刺繍に勤しんでしまったのだ。

 デザインは青薔薇と氷の薔薇だ。もちろん、アイーシャとサイラスをイメージしている。


「それで?何をしていらっしゃったのですか?」

「………サイラスさまにね、刺繍を刺したの。丁寧に作っていたら思ったよりも時間がかかってしまって………」

「へぇ、それは絶対に喜ばれますよ。お嬢様は刺繍上手ですから」

「………ありがとう」


 アイーシャは、わざとディアン王国にあった習慣のことについてベラに口にしなかった。ディアン王国には、意中の人に自分と相手を連想させる物の刺繍を刺して贈るという風習があるのだ。

 もちろんアイーシャは、薔薇は別として色彩で表現した。青はアイーシャの瞳の色、氷はサイラスの美しい瞳の色だ。アイーシャはサイラスの瞳の色が大好きなのだ。


「後でお見せいただけますか?」

「………えぇ、もちろんよ」


 眠気眼を擦ったアイーシャはふにゃりと微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る