第31話

 馬車に乗り込んでからも、アイーシャは身を少し固くしていた。


「アイーシャ姉さんも緊張するんだね」

「ショーンはわたしが緊張を知らぬ人間とでも?」

「いいや、元王太子の婚約者だって聞いてたから………」

「あぁ、まああの頃は必死だったから」


 アイーシャは苦笑した。あの頃はとにかく必死だったのだ。アレ以上舐められぬように、陥れられないように、ずっとずっと気を張ってそれどころではなかったのだ。緊張などしていたら、嵌められてしまう、そんな地獄のような日々だったのだ。


「ショーンは魔力を持っているの?」

「ん?あぁ、持っているよ。精霊使いも今は弱くなっていてほとんどが魔法使いとのハーフだからね。この国で魔力を持っていないのは王太子殿下くらいなものだよ」


 遠い目をしたアイーシャに、ショーンは困ったように言った。同じ精霊使いであるのにも関わらず、魔力を持っているということが少し後ろめたかったのだろう。


「王太子殿下とやらは魔力を持っていないの?」

「あぁ。今の君みたいに魔石を使っているよ」


 アイーシャは昨日からつけ始めた虹色の輝きを放つ石のつけられたブレスレットをスルスルと撫でた。全属性の魔力が込められた魔石のついたこのブレスレットは、昨日エカテリーナが買ってきたものだ。いつもの10回ほど使ったら割れてしまう魔石ではなく、アイーシャが一生使えるくらいのものすごい逸品だ。


「………それ、すごいね」

「えぇ、お婆さまには感謝しかないわ」


 大人組と子供組に分かれて乗ったこともあり、アイーシャはなんの躊躇いもなく感謝を述べることができた。


▫︎◇▫︎


 その頃、子供組の馬車に盗聴器と盗撮機を設置してモニタリングをしていた大人組の馬車の中では、エカテリーナが顔を赤く染めてぷるぷると震えていた。


「良かったな、エカテリーナ」

「よ、よよよ、全く以て、良くありませんわああぁぁぁ!!」

「あらあら、お義母様は恥ずかしがり屋ね」


 フシャー!!と殺気立った猫のように顔を羞恥に染めながら文句を言うエカテリーナの頭をラインハルトが宥めるようによしよしと撫で、シャロンは楽しそうにニヤニヤして扇子を広げていた。


「シャロン、火に油を注いではなりません」

「むぅー、ユージオは真面目すぎるのよ」


 こちらもユージオがシャロンの頭をよしよしして宥めていた。この家の女性陣は情緒不安定なようだ。アイーシャも最近は情緒不安定に陥ってしまっている。ただ、元婚約者と別れたことで気持ち的にも楽になって、元々のポンコツ具合が表に出てきただけかもしれないが。


「にしても、アイーシャは本当に我が家の新たな風だね」

「そうですね。アイーシャちゃんが来てくれたお陰で、家の雰囲気が明るくなって活発になりましたよね」


 夫に宥めて、………撫でてもらえてご満悦な妻たちはご機嫌に夫に擦り寄っていた。今ならばちょっとやそっとのことでは情緒不安定なイスペリトの女性陣も激怒しないだろう。


「エカテリーナが外出して、なによりもここ数日で若々しくなったし、」

「シャロンが暇だと騒がなくなりましたしね………」


 愛しの妻に振り回されてばかりの夫たちは、揃って盛大な溜め息をついた。本当に、アイーシャ様々だ。

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