第30話

▫︎◇▫︎


 アイーシャは朝早くから起こされていた。何故なら、今日はアイーシャ初のこの国の国王との謁見があるからだ。昨日散々練習をしたのにも関わらず、アイーシャの心の中の不安は一方的に降り積もって行った。

 だが、そんな不安な気持ちも着せられたドレスを見てすぐに霧散した。自分の瞳の色と昨日出会った彼の瞳の色をグラデーションにしたかのようなドレスは、アイーシャにたくさんの勇気を与えてくれた。


(彼はこれを見たらどんな反応をするのだろうか………)


 アイーシャはついつい浮かんだ考えを消すべく、深呼吸をした。アイーシャは昨日から何だか変なのだ。ふとした拍子に彼の顔が思い浮かび、彼のことが気になってしまう。そのせいで、ぼーっとしてしまい昨日は夕食時に祖父にいらぬ心配をかけてしまったのだ。


「しっかりしなくちゃ」


 アイーシャはディアン王国にいた頃からの口癖をぽつりと呟いた。あの頃は、いつも自分を叱責していた。そうでもしていないと、嫌味や罵詈雑言に負けてしまいそうだったからだ。心が壊れてしまいそうだったからだ。

 鏡の前の自分に暗示をかけながら、アイーシャは変わっていく自分の姿に見惚れていた。

 ディアン王国にいた頃も、自分専用の侍女は付いていた。だが、彼女はいつもいかに自分に嫌がらせをしようかと画策しているような女だった。当然、ベラがやってくれているように、こんなに綺麗に仕上げてくれたことなんてなかったし、それどころかいかに見られるギリギリを攻めるかということに奮闘していた。

 アイーシャは鏡に映る今までにない自分に、心が浮き足立ってきた。


「とっても綺麗よ!!アイーシャちゃん!!」

「わたくしの見立て通りですわね」

「ありがとう、叔母さま。お婆さまも選んでくれてありがとう!わたし、このドレスがとっても気に入ったわ!!」


 元王女たるエカテリーナが選んだフルコーデを身につけたアイーシャは、皆が待っているエントランスに最後に到着した。


「どこの王女殿下かと思ったよ」

「とっても素敵ですよ。アイーシャちゃん」

「すごく美しいですよ、姉上!!」

「兄さんの言うように、とても美しいです。氷の女神様が降臨してきたのかと思いましたよ」


 祖父であるラインハルトから始まり、ユージオ、ユアン、ショーンは明るい表情で口々に褒めた。アイーシャはちょっとだけ恥ずかしそうにお礼を言った。


「ほら、たむろってないでさっさと行きますわよ」


 エカテリーナの不機嫌そうな声に、皆が馬車へと向かうために歩みを進めた。ラインハルトはエカテリーナを、ユージオはシャロンを、ショーンがアイーシャをエスコートした。ユジンではなくショーンがアイーシャをエスコートする理由は至って簡単、ショーンの方がアイーシャの身長に近かったからだ。あと、脳筋なユジンよりもしっかりものなショーンの方が、世間知らずなアイーシャを守れるとラインハルトを筆頭とする保護者軍団が思ったからだ。


「お手をどうぞ、姉さん」

「ありがとう、ショーン」


 アイーシャの微笑みに、ショーンは頬を染めた。今日のアイーシャは、いつも綺麗だが飛び抜けて美人なところから、ショーンはしっかりしないといけないと心に喝を入れてアイーシャをエスコートした。

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