第32話

▫︎◇▫︎


 王城に到着した馬車はゆっくりとスピードを落としていき、アイーシャの不安を煽った。


「アイーシャ姉さんは可愛いし綺麗だから大丈夫だよ」

「………可愛くて綺麗にしてもらったけれど、それでも元が元だから、見られるレベルになっただけよ。作法も不安だし………」


 エカテリーナは謙虚な人間ほど恐ろしい人間はいないなと思った。アイーシャの所作は普通のご令嬢ほど堂々としていないのにも関わらず、1つ1つ丁寧で、一切の無駄がないのだ。そして、そこまでの所作でもあるのにも関わらず、自分はできないと不安になり、尚の事レッスンに励む。今の彼女の所作は並の王女や王妃では敵わないのだ。必死になりすぎるのも悩みものだ。


「アイーシャちゃん、あなたに最後の助言を与えます。堂々となさいまし。あなたに足りないのは自信だけですわ」

「は、はい!!」


 真っ直ぐにエカテリーナの目を見てアイーシャは答えた。アイーシャには失敗など許されないのだ。エカテリーナにあれだけ指導してもらったのにも関らず、失敗するなど何があっても決して許されないのだ。

 アイーシャはエカテリーナの指導通りに真っ直ぐ前を見据えた。堂々として自信を持つことは正直言って怖い。失敗して無様に負けを晒す可能性があることをするのは怖い。でも、やるしかないのだ。エカテリーナの言うことは絶対なのだ。昨日指導を受けて分かったが、エカテリーナの礼儀作法は完璧すぎるくらいに完璧なのだ。だから、彼女から教えを乞えるというのは高い知識や能力を望むアイーシャには天にも昇ることなのだ。

 謁見の時は非情にもすぐにやってきた。緊張によって気持ち血の気が引いているアイーシャに対して、他の人は誰1人として緊張した様子すら存在していなかった。


「イスペリト公爵家の皆様、国王陛下がお待ちです。こちらにお越しください」


 穏やかな雰囲気の文官を怨めしく思いながらも、アイーシャは家族に続いてショーンにエスコートされながら謁見の間に向かった。

 謁見の間はディアン王国とさほど変わらなかった。王家の力を象徴する豪華絢爛な部屋は、ディアン王国と比べて違うところはどこかと聞かれれば、強いて言うならば、ディアン王国と比べれば品があるというところくらいだった。

 アイーシャはエカテリーナに習った通りに頭を垂れて時が来るのを待った。


「イスペリト公爵家の者よ、頭を上げよ」


 威厳たっぷりな国王の姿に、アイーシャはぐっと息を呑んだが、次の瞬間その不安はぶち壊されることになった。


「唐突の謁見と聞きましたが、何用ですか?叔父様、叔母様」


 何故なら、国王が玉座から降り、祖母に怯えながら話しかけてきたからだ。威厳はどこにいったのやら、ぺこぺことエカテリーナに頭を下げそうな勢いだ。


「うちの孫娘をこの度イスペリトの戸籍に移しましたので、そのご挨拶に参りましたの。あと、王がこのように、降格した王女にぺこぺことするものではありませんわ。情け無い」

「うっ、す、すみません、叔母様。以後気をつけます」

「よろしい!!」


 アイーシャはエカテリーナに苦笑した。現国王に対してここまでの物言いが出来るとはさすがエカテリーナだと感心もした。


「えっと、君が新しいイスペリトの娘になる………」

「元イスペリト公爵令嬢であるエミリアの娘のアイーシャと申します。以後お見知りおきを」

「あ、あぁ、よろしく頼む、イスペリト嬢」


 ふんわりとした微笑みを浮かべると、国王が痛ましげに表情を歪めた。おそらく、母親の最後を知っているのだろうとアイーシャは予測し、今は幸せであると伝えるためにアイーシャは幸せそうに見える笑みを浮かべて言った。


「今はお祖父様やお祖母さま、叔父さまや叔母さまのお陰でとても幸せに過ごしております。ですので、今すぐには難しいかもしれませんが、お気になさらないでください」

「………そうか………。イスペリト家は良い娘に恵まれたな」


 しみじみと呟いた国王に、イスペリト家の皆は嬉しそうに微笑んだ。


「アイーシャちゃんはとってもいい子ですのよ。ちょっと謙虚すぎますけれど、それも長所ですわね」


 ぱらりと扇子を開きながら言ったエカテリーナはアイーシャに優しい視線を向けた。


「あなたの息子、あぁ、王太子殿下の方を連れて来てくださる?きっと面白いことになると思いますの」

「え?面白いこと、ですか………?」


 嫌な予感しかしないと言いたげな国王は、けれどエカテリーナに逆らうことができないのか、渋々従者に息子を呼びに行かせた。終始不安げな表情の国王は何度もアイーシャに助けを求めたが、アイーシャは困ったような微笑みを返すことしか出来なかった。国王がエカテリーナに逆らえないように、アイーシャもエカテリーナには逆らえないのだ。


「国王陛下、お呼びとのことですが、なにごとです、か………………。………イスペリト公爵令嬢」


 国王の従者に呼ばれてやってきた王太子は、白に近い銀髪に、氷のように冷たい水色の瞳を持った青年だった。


「サイラス、さま………」


 アイーシャが昨日から恋焦がれて仕方なかった青年は、この国の王太子だったのだ。

 サイラスはアイーシャに向けて破顔した後、ドレスの色を見て目を細めた。


「国王陛下、用事とはなんでしょうか」

「叔母様に聞いてくれ」

「お婆様、何用ですか?」


 エカテリーナはにんまりとした笑みを浮かべた後、ぱらりと扇子をサイラスの方に向けた。


「アイーシャは“精霊の愛し子”ですの。だから、あなたに守ってほしいのですわ」

「「え………」」


 国王とサイラスは“精霊の愛し子”と言う言葉を聞いて、目を見開いてアイーシャを見つめた。アイーシャはよく分からず首を傾げている。


「アイーシャちゃんは6人の精霊と契約していますの。そして、そのうちの2人が精霊王でその他の4人が上位精霊ですの」

「「!?」」

「それに、サイラス殿下にも悪い話ではありませんでしょう?」

「ぐっ、」


 サイラスは居心地悪そうに顔を赤く染めながらそっぽを向いた。


「国王陛下、このお話を受けていただいて構いませんか?」

「大臣共に緊急招集をかける」


 ずっと婚約者は要らないと豪語していたサイラスが婚約者を望んだことを嬉しく思った国王は、即刻婚約を結ばせるために大臣の許可を取るべく従者に招集をかけさせた。


「逃してたまるものか」


 国王の呟きは、誰にも聞こえなかった。

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