第23話 イベントの準備にゃあ
三層まで到達したとき、すでに2時を回っていた。ココミの店で休憩はしていたが、そろそろ睡魔が襲ってくる。
「グズにゃん、そろそろ限界っぽいね。私らも一度、ログアウトしようか?」
コクリコクリと頭を揺らしていた俺を見て女性陣が笑っている。明日は……もう、今日というべきだろう、初のイベント開催日。レベル上げをしたい気持ちもあるが、先にログアウトさせてもらった。
現実世界に戻った俺は、目覚まし時計だけセットして、そのまま夢の中へと落ちていった。
目を覚ますと、母の「ご飯できたよ!」の声が聞こえてくる。ぼんやりしながら、目を擦り大欠伸をして階段を降りて行く。
「また、夜中まで、ゲームしてたの?」
「んーそう。今日は休みだからいいだろ?」
仕方ないと諦めた表情を向けてくる母ににへらと笑い席につく。今日は父も兄もいるので、少し遅めの朝食で焼きたてのトーストを齧る。
「何? また、ゲームしてんの?」
「そうだよ? 兄貴はしないからな。魅力がわかんないんだよ」
「誰が泰弘にゲームを教えたと思ってるんだ?」
軽い口調で久しぶりに兄と話した。兄が社会人になってからすれ違う日が多く、好きだったゲームをしている時間が取れないでいる兄の精一杯の嫌味だったのかもしれない。
「そういえば、今ってVRが主流なんだよな?」
「そう。兄貴がやってた頃よりずっと自由だ」
「いいな。久々にゲームしたいな」
兄の話に「何言ってるの?」といち早く反応したのは他でもない母だった。社会人にもなってと、続けるつもりだったのだろうが、先に遮られてしまった。
「かぁさんもしてみたら? 昔みたいにコントローラーを使うものじゃないんだ。オンラインにコネクトで繋いで横たわるだけだしさ」
「そんなの無理よ!」
「無理じゃない。仮想空間ていうのはスゴいんだ。まぁ、俺もまだ数えるくらいしか入ったことがないんだけどさ。泰弘に借りて一度入ってみるといいよ」
「いつでもいいけど、今日はダメ。これからイベントなんだ」
イベントという言葉に、兄がいち早く反応した。元ゲーマーの兄には甘美な響きに聞こえただろう。
「出るのか?」
「出るよ! 今回が初イベント。俺、わりと強いと思う。仲間も出るけど俺よりさらに強いんだ!」
「へぇー仲間? 泰弘はオンラインだと社交的だな」
クスクス笑う兄を睨んでおく。賑やかな食卓は久しぶりだったので、両親もなんだか嬉しそうにしていた。
「じゃあ、今日はお祝いかしら?」
「もぅ、茶化さないでくれよ!」
「実況やるのか?」
兄も興味があるのか、「13時からだ」と伝えるとニヤリと笑った。「しっかり準備しておけよ?」という兄に頷き、昼は少し早いめに食べたいことを伝える。
渋々ではあったが、了承をしてくれた母と応援してくれる父と兄に頷き、ゲームへと戻った。
……今から少しでもレベルを上げないと。
勝つことは、自分のためであると同時に、あのパーティーのためでもある。しっかりお金を稼ぎ、自分たちの家のためにと、三層に降り立った。
ログインすると10時だった。まだ、少し時間があるので、シラタマに顔を見せてから、二層のフィールドを少し回ろうかと思っていた。
「クズイにゃん」
「シラタマ、二人は?」
「リオンは三層でレベリングしてるにゃ。ココミは二人に持たせたいって回復薬を作ってくれてるにゃ」
「そっか……ココミはでないんだもんな」
「にゃあ」と返事をするシラタマの頭を撫でて、「俺もレベリングへ行ってくる」と伝えた。モフモフの手を振って応援してくれるので、頷いて店を出てくる。
……少しでも高い順位にいないといけないからな。
拳をギュっと握ってフィールドへ向かって駆けた。今まではリオンが変な解説をしてくれていたおかげで、どんなモンスターがどのフィールドに出てくるのか分かったが、いざ一人草原に出ると右も左もわからない初心者だということを嫌というほど知らされる。
「牛の話してたけど、こいつか。攻撃力は強そうだ」
闘牛士を思わせる黒毛牛のモンスターは、俺を目掛けて突っ込んでくる。その頭には角があるが、それより……大きな巨体に当たれば、トラックで引かれるほどの衝撃とダメージをくらうに違いない。じりっじりっと、避けるために足を移動させていくが、そのスピードもだんだん上がっていくので、氷魔法をためしに使ってみることにした。深い青の石がはまった腕輪から、冷気が立ち込め、『氷柱』と唱え狙った場所にその柱は立つ。先端には、先程まで暴走特急のように荒々しい息遣いで、こちらに迫ってきていた牛が、柱の先で無残に刺されてエフェクトをまき散らしていた。
「ふぅ……やっと一頭。かなり強いな、このモンスター」
草原の暴れ牛を10頭倒したところで、11時半になった。二層の街へ向かいギルドへ向かった。依頼の中の素材の提出で冒険者ライセンスが上がり、レアアイテムのドロップ数が増えると昨日ココミに聞いたので、早速試してみることにした。
ギルドに入って行くと、中は一階層と同じ作り。奥のカウンターを見れば、見知った人物がいた。
「エレンさん!」
名を呼んだ受付嬢がこちらを見て訝しむ。近づいていきニッコリ笑った。
「リオンに連れてきてもらった初心者です」
そういえば、初ログインをしてから初めて一人でギルドに来たことを思い出す。
「……あぁ、思い出したわ! 今日は何の相談かしら?」
「相談と言うか」
「買い取り? それとも依頼を受けるかしら?」
「えっと、この依頼をお願いします」
エレンは、依頼内容をサッと確認し、依頼を受けたように書き換える。
「依頼なんだけど、達成しているから出してもいい?」
さっき狩ったばかりの、闘牛士の角を10対見せれば依頼完了だった。
「一人で、討伐に向かわれたのですか?」
「あぁーっと、そう。今日のイベントに参加するまでにレベル上げしたくて。まだ、ログインしたてで日も浅いからさ、ちょっと練習も兼ねて」
傷ひとつない俺をジッと見つめるエレン。何を言ってもと思ったらしく、「お疲れさまでした」とだけ労ってくれた。
ギルドの報酬で、多少懐も温かくなったところで、再度ログアウトする。13時開始のイベントに向け、本体の方の腹ごしらえをしないといけない。
……レベルも25まで上がったから、とりあえず戦えるだろう。リオンに聞いた奥の手もあるから、死にはしないだろうし……。シラタマにもらった状態異常無効の装備も終わってる。
後は……ココミの店でアイテム補給をするだけだな。
やらないといけないことはすべてやった。あとは、その場での対応だけだ。久しぶりのPKに少しだけ心躍った。
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