第20話 湖の主を倒してしまおうにゃ!

 思ったより時間はかからずこれたように思える。ココミの鈍足にも根気よく付き合えた。


「帰り、もし、嫌じゃなければ、街の近くまでおぶるけど……」

「あっ、いいの? それ助かる! 来るときもそうしてもらえばよかったな」


 あっけらかんというココミに、こちらの方が羞恥でどうにかなってしまいそうだ。ゲームの中とはいえ、ココミに触れてもいいものか悩んだ末に聞いたのだから。

 ココミはふだんつなぎを着ている。だから、あまり意識をしていなかったが、フィールドへ出ると、服装は変えた。ハーフドワーフということで、背丈は若干小さい。つなぎを着ているときにはずんぐりむっくりしているように見えたが、実際は全然違った。

 

「小学生みたいって思っただろ?」

「……いや、そんなことはないけど」

「幼女趣味はないんだけど、鍛冶師に最適なのはドワーフなんだよ。さすがにドワーフにしてしまうと、本当にずんぐりしてしまうから、種族をちょっと混ぜてみた。唯一無二の存在」


 短パンからのぞく足は、意外とすらっとしている。普段、武具を作っているだけあって、小さいながらも腕回りは若干太いように感じた。


「武器はこれと」と見せてもらったのは、先程から大活躍していた巨大ハンマーだ。


「持ってみるか?」

「いや、やめとく。たぶん、俺には無理だ」


 そういうと嬉しそうに笑う。店にいるココミとは少し違う表情をするので、こちらが翻弄されていく。


「さて、まずは釣りでもしよう。そのうち、リオンも来るかもしれないし」


 ハンマーを横に置き、桟橋から釣り竿をたらす。ココミの横に座り、俺も釣り糸をたらした。


 すぐに引く釣り竿。撓る竿を引き上げると魚が何匹もついていた。


「さすがだな。一気に三匹とか」

「そうなのか? 釣りはリアルでは全然しないけど、釣れると嬉しいな」

「あぁ、そうだろ? ちなみにそれもモンスターの一種だから、剣の腹をちょんと当てておけ。そうすると素材に変わる」


「わかった」とココミに言われた通り、剣をビタンビタンと魚たちにあてていく。すると、アイテムに変わってみるみるうちに積み上がる。


「アイテムは都度収納した方がいい。大型のモンスターもいるから逃げる場合もあるし、そのとき悠長にアイテムを拾っている時間がないから」

「ココミは何でも知ってるんだな?」

「だてに、β版からもぐってないよ」

「β版当たったのか? いいな」

「落ちたのか?」


「あぁ」と返事をすると同時に、撓る釣り竿を引き上げる。同じ作業を淡々としながら、1ヶ月もゲームにもぐれなかった話をする。ココミはおもしろそうに笑いながら、今、公開されている三層までの話をいろいろとしてくれた。アイテムの話が多いが、職業柄であろう。どの素材がどれくらい集まったら、何になるという話が多くためになった。


「まだ、クズにゃんは、1層だっけ?」

「そう。回っていない場所も多いからな……」

「そっか。まぁ、ゆっくり回るのもいいけど、2層は一応行っといた方がいいぞ。できれば今日中に」

「えっ? なんで?」

「明日のイベント。どこの階層を制覇しているのか表示されるらしい。1層しか探索できてないとなると、階層主を倒せていないとみなされて狙われる可能性が高いから」

「なるほど……ココミは、今、三層なのか?」

「いや、二層。三層に行く前にパーティーに捨てられたから、まだ行けてない」

「じゃあ、リオンが来たら、三層まで一緒に目指さないか? 今日は予定ある?」


 ココミが驚いたように感じた。しばしの沈黙のあと、「……いいのか?」と戸惑いがちに聞いてきた。


「いいも悪いもこれから三人でパーティー組むんだから、いいに決まっているだろう? 一緒に冒険しようってリオンが昨日言ってたじゃないか」

「確かに。お荷物だって思ってるから嬉しくて」

「ココミがお荷物って……本当、元のパーティーって、ろくな感じじゃないよな? メチャクチャ強いじゃん!」


 励ますようにココミに笑いかけると頷いた。そのとき、俺の釣り竿が大きくわななく。


「……かなりの大物?」

「だろうな。あたいも手伝う!」


 ココミは持っていた釣り竿を桟橋に置き、俺の後ろから抱きつくようにして引っ張ってくれる。さすが、攻撃特化の極振り。すぐに引き上げられる。


「飛び跳ねた!」


 次の瞬間には大物だと騒いでいた魚より、さらに大きな特大魚が吊り上げようとする魚に食らいつく!


「やべぇ、あれはさすがに無理だ!」

「もしかしなくても、この湖の主だったり?」

「そうだろうけど……」


 にぃっと笑う。


 ……あのデカ物、倒したい!


「ココミ、釣り竿を離す」

「わかった」

「じゃあ、俺行ってくる!」

「クズにゃん!」


 ココミが叫んだ瞬間、俺は双剣に持ち替えて湖の中へと飛び込んだ。この湖の主と対決するために。


 ……酸素って、どれくらい持つんだろ?


 確認もせずに、ただ、戦いたいだけで、潜り込んでしまったため確認不足だ。釣り竿を咥えたままの主と相対した。


 ……こうやってみるとデカい鯉だな。


 ついてきた俺に主も気が付いたようで、こちらに向かってくる。このまま飲み込むつもりなのかもしれない。


 ……そうは、いくかよ!


 突っ込んできた主をひらりと避けたが水中だ。思ったほど避けきれていない。そのあとも執拗に追いかけてくる。こちらから仕掛けるしかないのかと、すれ違いざまにひれに取りついて思いっきり剣をぶっさした。エフェクトは、流れていくもののさすがに主だ。こんなちんけな攻撃ではHPも減らない。

 魔法も使えないしと思いながら、地味にぶすぶすとさしていく。主の方も小さな羽虫のような俺がチクチクとしてくることが気になるのか、手下をこちらにあててくる。


 ……さすがに、離れないとヤバそうだ。


 泳いでいき、手下どもに手をかけていく。最後の一匹になったところで、主はそれごと俺を喰ってしまった。


 ……やられた。


 酸素もそろそろと思っていた矢先だったが、どうやら、この主の中は水でなく酸素が存在している。ただ、同時に酸もあり、先程のみこまれた魚が解け始めていた。


「ぐずぐずとしているわけにはいかないってことか……俺もあぁなる前に出ないと」


 黒光りしている双剣を身構える。ネコネコシリーズには自動修復があるとシラタマが言っていた。完全に防具が無くなることはないにしても、死ぬことはあり得る。とにかく、主を殺してしまわないと……。

 タイムリミットがあることを頭にいれ、主の内側から暴れ回った。魚が完全に溶け切ったころ、こちらもいよいよという感じだ。

 先ほどのココミの風圧を応用するように、剣を振る。何が起こるのか、起こってほしいのか明確にイメージをしながら、何度も何度も剣を振れば、とうとうできるようになった。


 ……ギリギリだな。


 次の瞬間、イメージを膨らました、風の刃は内側から主を半分に切ってしまい、中へと一気に水が入ってきた。


 ……魔法を使えたことはいいけど、水没死しそう。


 馬鹿なことを考えていたら、引き上げてくれる手があった。その手をギュっと握れば、水面から顔を出していた。


「……クズイくん、無理はしないでよ!」


 少し怒ったようで、目を赤くさせるにリオンに謝り、倒した主を拾った。アイテムに変えられるので、それを引きずったまま戻ると、ココミがホッとしていた。


「よかった……急に、湖に飛び込むんだもん!」

「悪かったな?」

「いいよ、無事なら。リオンも、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして!」


 地面に置いたら、主はアイテムに変わる。どれもこれも貴重なものらしく、ココミは跳ねて喜ぶ。それをリオンと二人で眺めていたら宝箱が出現した。

 開いてみれば、中にはやはりと言ってもいいだろう……ネコネコシリーズの腕輪が入っている。そこには、青い石がはめ込まれており、他に5種類の石が入るようになっていた。


「これ魔法の増幅器とか、魔法が使えるようになるとかの腕輪かな?」

「どのみち、クズにゃんしか使えないものだね」


 腕輪を見て、ココミが鑑定をする。


「魔法が使えるようになるとか、イベント前にいいもの手に入ったね」

「青色だから、水とか氷とか使える感じかな?」

「そうみたい。これ、全部の石を集めてはめ込めれば、全属性の魔法が使えるようになるかも。まぁ、訓練は必要だろうけどね?」


 ココミの一言でリオンが笑う。つられて俺も笑う。「帰ってイベント会議しようか」とココミが言うので、「賛成」と言って街へと戻る。もちろん、ここへ来てからココミと話したとおり、俺がココミをおぶっていくと、リオンの視線は氷より冷たいものであった。

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