第19話 猫耳マントにゃ?

 授業が終わった瞬間、鞄を持って席を立つ。出入口に向かえば、隣の席の里緒も慌てて席を立っていた。


「ごめん、先にどうぞ」

「ありがとう!」


 ニコッと笑う里緒はとても可愛い。ギャルではあるため、クラスでも目立つ存在ではあるが、元がいいのだろうなと思わせる整った容姿を目で追う。昇降口に向かって走り出そうとしたところでマナに捕まる。俺もその攻防に廊下を塞がれてしまい、先に進めない。


「里緒、今日こそは逃がさないから!」

「……ちょ、ちょっと」

「ダメ。今日は、私と一緒に駅前のお店に行くの!」


 がっしり腕を掴まれ逃げられない里緒は困ったような表情をマナに向けて、「約束があるから」と言った。


「もう2ヶ月近く、毎日そればっか。今日は絶対絶対離さないんだから!」


 しがみつくようなマナを追い払うこともできず、里緒は観念したらしい。それを見届けてしまったあと、俺もリオンとの約束があることを思い出して駆け出した。走っていたから気が付かなかった。家についてからスマホを見るとゲームを通してDMが届いていた。


『ごめんね。友達と少し出かけることになったから、時間に遅れそう』


 リアルでの友達なら、仕方ないよな。リオンも高校生なんだし、友達も大事だろ?


『ココミの店で待ってるから、楽しんできて!』


 メッセージを送ったあと、制服から着替えてベッドに寝転ぶ。ログインすれば、ココミの店へと向かった。


「いらっしゃいませにゃ!」


 元気よく挨拶をするシラタマ。ココミは奥で作業をしているようで、店番を頼まれたようだった。


「クズイにゃー!」

「シラタマ、ちゃんとココミの言いつけを守って店番してたか?」

「もちろんにゃ!」


 どやぁというふうに胸をそり腰に手を置いていた。その姿が可愛らしく、店にいた他のプレイヤーに笑われている。


「半日でマスコット化してないか? 本来の仕事、忘れてね?」

「……大丈夫にゃ! 忘れてないにゃ! でも、ここの方が楽しいにゃ!」


 ナビゲーターとしての仕事が本来のものだという自覚はあるようでシラタマは頷いた。ただ、「猫ちゃん、お会計お願いできる?」と可愛いプレイヤーに言われたらデレていたし、いかついプレイヤーが寄ってきたらさりげなく後ろに下がって尻尾をお尻にキュッとくっつけていた。


「まぁ、へまは今のところしていないってことかな?」


 シラタマの接客をしばし見たあと、店の奥に顔を出す。作業をしているようで覗くと真剣な表情をしている。


「ココミ、入ってもいいか?」

「いいぞ。クズにゃん、今日は一人か?」

「んー、リオンがリア友に捕まったらしくて遅れるって連絡がきた」

「そっか、まぁ、それならいいけど」


 チクチクと、白い布で裁縫をしているココミ。作業台を挟んだところに座った。


「何、作ってんだ?」

「リオンから昨日頼まれたんだよ。マントが欲しいって」

「そうなんだ? 確かに、リオンはマントしてなかったよなぁ?」

「クズにゃんは、マント出来ないからなぁ……そのなりじゃ」


 黒猫パーカーを指さし笑っている。カッコいいを目指すはずが、可愛いになってしまっている俺はなんだか、ちょっと……複雑だ。ただ、容姿もあってか、待ちゆくプレイヤーには『可愛い』と褒められる。いや、嬉しくないんだけどね?


「それって二着目?」

「あぁ、あたいの分を先に作ったからな。見てみるか?」


 差し出されたマントを広げる。少し短くどちらかと言えばケープのようなそれには、見慣れたものがあった。


「……猫、耳?」

「気が付いたか?」

「えっ? リオンがこれを?」

「あぁ、うちのパーティー用にって。クズにゃんは、マントつけられないから、他のを考えないといけないけどな」


 バサッと繕っていたマントを広げると、そこにも猫耳がついている。リオンが着る、ココミが着る……考えただけで、可愛いそれを見れば、ニヤついていたらしい。


「やらしい目でみるなよ?」

「いや、可愛いなと思って」

「そうか。見た目可愛くても、防具として使えなきゃ意味がないからなぁ。見た目と違って、モノは今できる最高の出来だよ」


 手に取るように言われ触ると、その手触りはとてもよかった。それだけでなく、補正が付与されているようだ。


「あたいのは、少しだけ俊敏を上げてある。さすがに二人と冒険となると必要になるだろ? 歩く速さっていうのも」

「たしかに。他には?」

「魔法防御のプラス補正とか、まぁイロイロ。今、あたいができる最高のものを作ったよ。あとは、これを渡すだけ。リオンがまだしばらく来れないなら、少し出かけないか? 合流したあとは、イベントの話になるだろうから」

「あぁ、そういえば告知来ていたもんな」


 ココミの提案に頷き、リオンにメッセージを送る。返事はなかったが、ココミと二人で湖の方を目指して、探索へ出かけることにした。


「あの湖、釣りができるんだよ。その魚の鱗がいい素材になる。他にもいろいろ釣れるらしい」

「へぇーそれは楽しみだけど、釣り道具なんて……」

「そこにあるだろ? パーティーを組むんだ。これからは、こういった備品も作ってやるから、持っていた方がいい。いつ何時、使うことになるかわからないから」


 そこそこのものなら釣れるという釣り竿をもらい、シラタマに留守番を頼んで店を出る。


 ……確かに歩くの遅いな。


 ココミがテクテク歩く隣で、ジリジリとしながら歩く。歩数を小幅にしてみたり、大股でゆっくり歩いてみるが、なかなか難しい。


 攻撃特化って言ってたからな。マントをしていてこれだから、してないと……。


 気の遠くなるのを会話でつなぎとめた。ココミは大学生。リオンほどではないが、講義しか時間を縛られることがないそうで、頻繁にもぐっているらしい。今はもっぱらオンラインでの授業が多く、わざわざ大学に出向かわなくてもいいらしい。余程のことがなければ、家からでないそうだ。


「大学生いいな」

「高校生もいいだろ?」

「時間割どおりだから、暇な時間って家に帰ってきてからしかないからさ」

「あぁ、なるほど」


 大学での話を聞きながら歩き続けた。時々でるモンスターはうさぴょんのため一瞬で片付く。ココミなんて、ハンマーの風圧だけで倒してしまうものだから、湖までの道のりはゆっくり進んでいても、とても楽に進むことができたのである。

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