第48話 魔王③

「蒼空くん! 最初の攻撃を受け止めてくれ!」


「分かりました!」


 体が変な角度に変わっていた魔王が段々と人の姿に戻り始めると、さっきの姿から随分と縮んだ姿になった。


 角も羽根も尻尾も全くなく、まるで人間と同じ姿をしていて、肌色は紫、目はトカゲのような目で黄色と黒が混じった見る者全員を恐怖に陥れるには十分だった。


 無表情のまま俺達に視線を向けた魔法はゆっくりも右手をあげる。


 ――――来るっ!


 再使用が可能になった大盾を展開させると同時に、魔王の右手から放たれた直径五センチ程の細いビームのような攻撃が放たれ、俺の大盾にぶつかると同時に爆音ならしながら後方に爆炎に変わっていった。


 俺が立っていた場所から後ろの場所だけ残って、その周辺は全ての土地が文字通り消滅して消えてなくなった。


 口角を上げてニヤリと笑った魔王が俺に向かって飛んで来て大盾を殴る。


 もちろん痛みもなければ、こちらが吹き飛ばされることはないが、だけで魔王の強さがひしひしと伝わってくる。

 

 何度も何度も大盾をいたずらに叩く魔王に違和感を感じていた。その理由を――――――そうか。狙いは俺じゃない。俺の後ろだ。


 大盾に使える時間の限界があることは魔王も見破っているようだ。つまり、大盾が無くなるまで魔王は自分の力を誇示して、後ろで震えている他のメンバーに恐怖を与えているのだ。直接戦うよりも、目の前にやってきた恐怖が、これから襲ってくる恐ろしさ。


「シールドバッシュ!」


 大盾を薙ぎ払い魔王を吹き飛ばそうとした瞬間に、大きく後方に離れる。


 学習している!?


 見破ったことに快感を覚えたのか、その顔は満足に満ちた表情で俺を見下ろす魔王。


「みんな! 逃――――」


 次の瞬間、俺の大盾が消えたと同時に魔王の体が残像のように消える。


 すぐに後ろにいる清野たちをかばいにいくが、俺の速度よりも遥かに速い魔王に先を越されてしまった。


 たった一瞬。


 たった一瞬で目の前の味方が魔王によって傷ついていく。


 腹で貫かれた者、手を切られた者、足を切られた者。涙を浮かべて剣を向けても一瞬でやられていった。


 最後に木山先生の怒りに染まった顔の白い雷を纏った殴りも魔王はあっさり受け止め、木山先生の腹部を魔王の腕が貫いた。


「やめろおおおお!」


 全力で追いついた時には時すでに遅し、全員が一瞬で魔王によって大傷を受けて、玩具のように痛めつけられていた。


 俺が着くと少し距離を取ってけん制し始める。少なくとも魔王は俺を敵と認めている。だから俺には全く近づいてこないのだ。魔王の攻撃が一切効かないのを知っているのだ。


 その時、後方からバイク音が聞こえてきて、そこには見慣れた二人の姿が見えた。


「七海!? 彩姫!? どうしてここに!」


「「私たちも戦う!」」


 ダメだ。今の魔王に二人まで…………。


 魔王の視線が七海に向いて、ニヤリと口角を上げると同時に走り出した。


 とても追いつける速度じゃない。


 頼む……七海! 逃げてくれ!


 次の瞬間、魔王の鋭い腕が七海を襲う。


 ――――。


 ――――。


 魔王の体の地面から赤い光が立ち上り、魔王がその場で止まった。


「――――陰陽術『金縛りの術』。七海ちゃん!」


「あいっ! 任せて!」


 テンペストをドリフトさせて魔王の前にちょうど止まった七海の両手には銀色に輝く二丁の銃が握られていた。


「うちのにぃをイジメるな! バカあああああ!」


 超至近距離から銀牙の光が放たれ、その場に止まっている魔王ごと撃ち抜いた。


 銀牙の希望の光に魔王がその場から姿を消した。


「にぃ! 助けに来たよ!」


「なっ! どうしてここに来たんだ! 七海は――――」


「にぃだけに戦わせたくない。私もちゃんと強くなってる。だからね。にぃもシャキッとしなさい!」


「っ!?」


 走って来た七海は――――そのまま俺を抱き締めてくれた。


「にぃ。一人じゃないよ。ちゃんと私もナギ姉もサキ姉もいるからね?」


 魔王の恐怖とあまりの力の差に希望を失っていた俺の心に、温かい感情があふれ出す。


 俺は何のために魔王と戦っているんだ。七海を助けるために戦っているんじゃないのか? どうしてここで諦めるようなことをしているんだ!


「…………怒ってすまなかったな」


「ううん。元気になったんならいいよ! それに、多分魔王はまだ死んでない」


「そうだな。宇宙にでも吹き飛ばされたと思うから、またやってくるだろうな。そこで一つ頼みがある」


「なに~?」


「七海と彩姫は急いで彼らを街まで運んで欲しい」


「…………それって」


「大丈夫。俺にも勝算があるから。今度は逃げないし、ちゃんと勝つから。それに届けたらすぐに戻って来て」


「分かった! サキ姉! みんなを街まで運ぶよ!」


 彩姫も大きく頷いて最後に俺に何かを話そうとして辞めて後ろを振り向いた。


 二人が瀕死状態の木山先生たちを連れて戻るのを見送る。


 そこに一人の男が近づいて来た。


「感謝するぞ。蒼空くん」


「いいえ。良かったんですか? 最後になるかも知れないのに」


「…………そこまで見破っているのか。だが問題ない。あの子は強い。次期当主としては十分だ。それに今は君もいる」


「買いかぶりですよ」


「それでも構わない。もしかしたら今はまだ王者になれなくても、君なら必ず人々を導いてくれるさ」


 月守さん。月守家の現当主であり、彩姫の父親だ。


 彩姫同様に特別な力を持っている月守家の一員として、魔王に対する何かを持っていると思う。


 ずっとここの戦いを見守っていた。


 でもここに出て来たというのは――――


「それにしても魔王があんなに強いとは…………十年前によく倒せましたね」


「いや、倒せていない」


「!?」


「倒したと公表しているが、実は魔王を撃退しているだけだ。十年前は角ありの姿ですら大きな被害を受けてしまったんだ。あれが本当の姿なんだろう。魔王も深い傷を負ってそれを治すのに十年もの月日が経過したのだろう。蒼空くん。十年前、命と引き換えに魔王にトドメを刺したのは凪咲くんの両親だ。だが二人が命と引き換えにトドメを刺せたのは、最後に同じく命を持って魔王の動きを止めた水落夫妻のおかげだ。だから改めて感謝を言わせてくれ。二度も人類のために戦ってくれてありがとう」


「月守さん…………貴方はその業をぜっと背負って生きて来たんですね。人類を助けるために」


 彼は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。


「わしは王にはなれなかった。わしくらいでは……身に余る大役だった。ここが最後の見せ場として丁度いいのかも知れない」


「そんなこと言わないでください。まだ彩姫は生きているじゃないですか。これからも晴れ着姿だって見れるでしょうに」


「ふふっ。彩姫は男が嫌いでね。君以外で晴れ着姿になるとは全く思わん」


「俺ですか!?」


「まあ、それは帰ったら娘から聞いてくれ。それより、これからわしができることは魔王の能力を一時的に激減させる。だがそれも持って十秒だろう」


「…………分かりました。必ず仕留めて見せます」


「それは心強い――――――来たようだな」


 月守さんと見上げていた空の向こうに、空を割りながらこちらに向かってくる何かが見え始めた。間違いなく魔王だろう。


 俺達は最後の戦いに挑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る