第41話 休暇

 月守さんから頼まれた日から一月ひとつきが経過した。


 今日は休日という事で、都内の有名な通りにやってきた。


「外からだと分からないけど、やっぱり内側から見上げるとすげぇな……」


 思わず声に出してしまうのは、都内に並んでいるビル群だ。


 空を貫くかのように高く聳え立つビル達と、道を埋め尽くす人々の姿だ。


「繁華街なので人が多いよ。離れると少しは人が減るけど、あまり変わらないかも」


「そうなのか……」


 凪咲も人混みはあまり好きではないらしく、あまり来ないらしい。


 俺も七海も家から離れたくないからと、権利があっても都内にはあまり来ないから人混みに圧倒される。


 それにしても、みんな多種多様な服を着ていて、誰一人似た服を着ていない。


「では行きましょう」


 彩姫に手を引かれて連れていかれたのは、とある綺麗な硝子張りのビルだった。


 一つ気になるのが――――周りの人達がものすごく見つめて来る。


 ひそひそ話なんかもされているけど、俺達みたいな田舎者が浮いているのだろうな……。


 エレベーターを待っていると、とある男性が近づいてくる。


 ほんの少しだけ嫌な感じがして、男が手を伸ばす時に間を割って入る。


「ん? 君、彼女の彼氏くんかな? いやはや、こんな場所で原石を見つけるとは~僕はとても運がいい~!」


「?」


「あはは~! これは失礼。僕は三島みしまプロダクションのプロヂューサーだよ~!」


 少しトーンの高い声に今まで感じた事もない不快な気持ちが込みあがってくる。


「それで、何の用でしょう?」


「いやいや、僕ちゃんは彼氏くんには興味がないのよ~後ろの彼女ちゃんに用事があるのさ~」


 明らかに嫌そうな表情を浮かべる凪咲。


「何の用でしょう?」


 声のトーンまで俺に似せて不機嫌そうに話す。


「おう~! 声もキュートでいいね! 君はうちのプロダクションにピッタリの天使様ね~! ぜひうちに入――」


「お断りします」


「おほほほほほ~あれ~? うちみたいな大きなプロダクションに入らない? ん? 意味が分からない~!」


 俺はあんたの方が意味分からないぞ……。


 男の目が本気・・のそれに変わる。


 手を伸ばして凪咲の腕を掴もうとしたので、その腕を俺が止めた。


「なっ!?」


「いい加減にしてもらえますかね?」


「それはこちらのセリフよ! ダイヤの原石を腐らせて・・・・置くなんて、それこそ美への冒涜だわ!」


 と、次の瞬間凪咲の刀が入った鞘が男の腹部に飛んで来て、男を吹き飛ばす。


「凪咲!?」


「私は腐ってもないし、腐るつもりもないわ。ほら」


 凪咲が俺の左手に抱き着いた。


「蒼空くんの隣に立っているからね」


「あ~! ナギ姉ずるい!」


 今度は七海が右腕に絡みつく。


「な、殴ったね! 親にもぶたれたことがないのに!」


 顔が真っ赤になって怒る男が立ち上がり、スマホを取り出そうとした時、彩姫が間を割った。


「三島プロダクションでしたね? 貴方の顔。ちゃんと覚えましたから。今回の一件は三島さん・・に私から直接抗議させていただきます」


「は!? 一体どこの誰なのよ!」


「――――月守彩姫と申します」


「!? つ、つっ……っ!?」


 自らの意志で口を両手で止める。


 恐ろしいプロ根性というか、凪咲を連れ去りたいのもある意味プロ根性に見える。


 やり方は許せないがプロ根性だけは認めてもいいかも知れない。


「そこまでにしよう。今日は楽しく遊ぶために来たんだ。三島プロダクションの人もそれでいいですね?」


 彼は口を閉じたまま、必死に首を上下に動かして慌ただしく走り逃げた。


「凪咲はいつもこういう目に遭うのか?」


「ん……この髪は目立つからね。あれより酷いのとか多いわよ。だから刀が絶対に持って歩く」


 都内って武器禁止なんだけど、ここまで堂々と刀を持ち歩くと逆に目立たないものだなと感心する。


 一応守護者の中でも随一の実績を持っているから刀を堂々と持って歩いても問題なかったりする。


 ようやくやってきたエレベーターに乗り込み、最上階に向かった。


 最上階には高級そうな服屋があり、彩姫が営んでいるお店との事だ。


 彩姫……社長だったんだな…………月守家って何もかもがスケールが大きくて驚くばかりだ。


 入るや否や綺麗なスーツの女性達に案内を受けて凪咲と七海が連れて行かれる。


 俺は彩姫に連れられ、男性用服が並んだところに着いた。


 それからは言うまでもなく、彩姫の趣味全開の衣装に着替えさせられながら一時間が経過した。


 着替えた凪咲と七海がやってくる。


 いつの間にか着替えた彩姫も一緒に三人で並んだ。


「「「さあ、どれが一番好み~!?」」」


 そこまで打ち合わせしていたな!?


 だが、ここはしっかりと答えるのが男というものだろう。


 だから――――




「悪い。みんな可愛すぎて選べられないや……全員……ではダメか?」




 真っ先に飛んできた妹が胸に飛び込んでくる。


「いいよ~!」


 妹が承諾してくれたのならよかった。


 凪咲も彩姫も納得してくれたようで、ようやく着替え地獄が終わりを迎えて、俺達は初めて四人で都内のデートを満喫した。


 初めてみる食べ物を食べたり、ゲームセンターで不思議な体験をしたり、通り過ぎる人々を眺めて時間が通り過ぎるのを楽しんだり、アトラクションを楽しんだりと、今まで生きて来て最も楽しい一日を過ごした。












「ねえ、蒼空くん」


「ん?」


「絶対に守ろうね」


「ああ。七海があんなに楽しそうに遊べる場所を、彩姫が守りたい場所を――――――」




「「君がいる場所を」」




 凪咲の満面の笑顔が美しく咲いた。

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