第38話 第二形態、発動。
圧倒的な大きさ。威圧感。全てが人間のスケールでは図る事のできないのが、魔物であり、俺の間の前の巨大な亀はその頂点に立つモノでもある。
周囲には亀がひっくり返った時の衝撃によって倒れた多くの魔物の亡骸が散乱しており、普段目にする風景とはまるで違う地獄絵図のような景色に、別世界のように感じる。
でも、ここは別世界でも異世界でもなく、俺達が住んでいる地球そのものだ。
前方の景色は空をも埋め尽くす巨体。
ギシギシと音を立てながら少しずつ回復していく頭部を眺めながら、俺はスキルを展開する。
――【天能『絶対防壁』の第一形態から第二形態へのモード変換を受領しました。実行しますか?】
もちろん――――実行する。
俺の全身から真っ赤なオーラが立ち上る。
自分では感じる事ができないが、地面が揺れる程の圧倒的な威圧感を放つ。
赤いオーラは少しずつ形を変えて――――巨大な固定砲台に変わった。
――【第二形態『迎撃』モードに変換しました。モード変更により、術者は移動不可となります。】
赤いオーラは俺を縛るかのように地面に鎖を付けて固定砲台のように佇んだ。
実際、俺の体は全く動かせない。動かせられるのはあくまで手だけ。
現状できることは、固定砲台の向きを変えること。そして――――――撃つことだけだ。
視界はまるでアニメでも見ているかのように画面状になっていて不思議な数字が小さく並んでいて中央には大きな丸が描かれている。
狙撃。一言で言うならまさにその言葉が似合うだろう。
中心の円形を操作して照準を倒れた巨大亀の頭部に合わせる。
白色で描かれていた円が少しずつ赤色に変わって、全ての円状の線が白色から赤色に変わり、その隣の数字が少しずつ上がり『100%』を示した。
全ての数字も、全ての行動も、初めて使うのに不思議と慣れた感覚で行える。これも俺の力だからこそなのかも知れない。
俺の視界が捉えた亀の頭部に向かって、ゆっくりと引き金を――――――
砲台に真っ赤な光が集中し始める。圧倒的な前に強すぎる気配を放ちながら収束した光は――――どす黒い色と赤い色が織り交ざったような巨大なレーザービームを解き放つ。
地上から亀を貫き空に向かって放たれた希望の光は、直後轟音を鳴り響かせた。
◆
雨が降り注いでいる中、巨大な亀の甲羅の前には大勢の人が群がって何かを調査している。
俺はというと、大きなテントの中から彼らを眺めている。
「これも君のおかげだな。俺から感謝を伝えさせてくれ。ありがとう」
慌ただしく動き回っている人達を眺めていると、後ろから声をかけてくるのは、以前学園を訪れて来てくれた臥竜岡さんだ。
ここに集まったのは日本国の正規軍である。
亀に放った俺のデッドリーバレット――――名を変えて第二形態で放てるようになるデッドリーファイア。そして、亀が放っていた爆炎ブレスによって、国中で大騒ぎになったそうだ。
俺と七海がへとへとになって亀の前でみんなでゆっくりと休んでいると慌てて軍隊がやってきたという事だ。
それから潮が満ちるように軍隊が現れては亀の周囲に陣取り始めて、その中から臥竜岡さんが現れたのだ。
「いえいえ。誘き出してしまったのも俺達のせいですから」
「ふふっ。まさか俺が生きているうちに少人数で守護神を誘き出せるパーティーが現れるとは思いもしなかったよ。それはそうと、すまないがこの亀は国から買わせてもらえるかい?」
「そこに月守さんも入っていますか?」
テンペストの支援の件もあるから、真っ先に声を掛けるべきは月守さんだと思っている。
「もちろんだとも。そもそも軍の指揮は国ではなく、月守家にあるのさ。姫様に聞いてみるといい」
姫様というのは月守家の娘である彩姫の事だ。
「分かりました。ひとまず、亀の件はよろしくお願いします」
「感謝する」
臥竜岡さんと握手を交わして外に出た。
隣に続いているテントに向かうと、妹達の楽しそうな声が聞こえてきた。
えっと……扉がないからノックはできないな。
「みんな。入ってもいいか?」
声を掛けるとすぐにテントの入口が開いて七海が出て来た。
「おかえり~」
そう言いながら腕を引っ張って中に入れてくれた。
中には香りのよい紅茶が並んでいて、中が空いているティーカップが置かれていた。
すかさずに彩姫が紅茶を淹れてくれる。
「亀さんはどうなるの?」
「国というか、臥竜岡さん曰く月守さんの所で管理するみたい」
「!? うちに譲ってくれてありがとうございます」
「ううん。彩姫も手伝ってくれたおかげだし、一番信頼できるのも月守さんでもあるからな。きっと良いことに使ってくれると信じてるよ」
「ええ。私からもお父様に伝えておきますね」
嬉しい笑みを浮かべた彩姫は、持っているティーポットと相まって美しく輝いた。
これで初めてのレベル上げで訪れた隣のエリアで守護神を出現させてしまった出来事は幕を下ろした。
この一件が俺達の、いや、国にとって大きな力になる事を、その時の俺には知る術もなかった。
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