第29話 意外な招待

 会議が終わり、軍の基地を後にしようとした時、俺達の前を防ぐ一団がいた。


「凪咲くん。すまないがこれから一緒に来てもらえないだろうか?」


 軍服の男性一人が前に出て来て凪咲に声を掛ける。


「少尉!? お久しぶりです。珍しいですね」


「ああ。とある方から凪咲くんと会いたいとの事でな。もちろん強制はしないが、それなりの待遇は約束しよう」


「私というより、蒼空くんに用があるのですね?」


 帽子に手を当てた少尉と呼ばれた男性が、凪咲から俺の方に視線を移す。


 以前学園に訪れて来てくれた臥竜岡さんという軍人さんに近い雰囲気で、目を見るだけで彼が凄まじい実力を持っているのが分かる。


「七海。どう思う?」


「ん~悪い人には見えないかな?」


「分かった。俺と妹は構わない。凪咲が行くのであれば共に行こう」


 軍人さんが小さく会釈して感謝の意を表す。


「他でもない少尉さんの頼みですから、蒼空くんも良いみたいなので向かいましょう」


「感謝する」


 軍人さんに案内された場所には車体が長く黒い車が一台待っていた。


 中は高級ホテルに顔負けの上品な設備が整っていて、金持ちや偉い人が乗る車なのが一目で分かる。


 車は基地を離れて道を通り、都内に入って行く。


 通常では通る事ができないゲートを通って進む道はどんどん広くなっていき、前方には空高くそびえ立つビル群が視界に入った。


 車はどんどん中心地に向かって行き、繁華街のような場所を通り抜け、さらに道を進むと周囲に建物は一切なく、丘の高い自然が広がる場所に入る。


 都内には土地が足りないと聞いていたけど、こういった場所には建てられないのだろうかという疑問を抱きながら、車はやがて大きな屋敷に辿り着いた。




 屋敷を囲う塀からは物々しさを覚えるのだが、広い庭に大きな屋敷がお金持ちの家なのは間違いなさそうだ。


 案内される場所は意外にも屋敷の中ではなく、庭だった。


 庭の中心部に着物を着ている中年男性と若い女性が談笑をしている後ろ姿が見える。


「お待たせしました。凪咲くんと仲間です」


 少尉さんの紹介に振り向いた男は――――――さっき画面の向こうで見かけていた男性、月守さんという方だった。


「月守さん!?」


「ここまで足を運んでもらってすまなかったね。君達にどうしても会ってみたくてね」


 あまりにも意外な人が待っていた事に、凪咲だけでなく俺と妹も驚いた。


「にぃ? あの人ってさっき画面に映っていた人だよね?」


「そうだな。間違いなくご本人みたいだ……」


「え~日本で一番偉い人だって聞いたけど、どうしよう?」


 凪咲の後ろでコソコソと話していると、それに気づいたのか月守さんが大きな声で笑い始めた。


「そんなに警戒しなくても取って食ったりしないぞ? 今日はどうしても君――――水落蒼空くんに用事があって呼ばせてもらった」


「俺ですか? 凪咲じゃなくて?」


「もちろん凪咲くんも七海くんも一緒にという事になる。先に紹介しておこう。わしの娘の月守彩姫さきという」


「彩姫と申します。今後ともよろしくお願いいたします」


 年齢は俺達とそう変わらないくらいだが、着ている服が着物だからか少し大人びた雰囲気の彼女は、凪咲や七海とはまた違う美しい少女だ。


 和の美少女と言っても過言ではなく、腰まで伸びた艶のある黒髪が特徴的だ。


 俺達も軽く自己紹介をした。


「それで、俺達にどのようなご用件で?」


「うむ。その問いに答える前に、わしから先に蒼空くんに一つ聞こう。君からしてこの世界のはどう見える?」


「空……ですか?」


 月守さんが見つめる先に俺も視線を向ける。


 首を上げて見上げた場所には晴天が広がっている。


 美しいとさえ思える雲が流れて、青い空はどこまでも続いていてゆったりと俺達を守ってくれるかのようだ。


「俺達を包んでくれている気がします」


「ふふっ。良い答えだ。空は常に我々を包むように守ってくれるかのようだな。だが、それはあくまで見守っているだけだ。助けてくれる存在ではない」


 ふと、試練の時の事を思い出す。


 あの時も魔物を倒した後、倒れるようにその場に横たわった時、どこまでも続く空が見えていた。


 そして、最後に空の向こうから助け・・がやってきた。


「昔から日本は空によって助けられてきた。知っているかい?」


「空によって? いえ、聞いた事はないです」


「では言葉を変えよう。昔の日本は昔の星々の流れを読み、多くのヒントを教えてくれて、おかげで日本という国が充実する事ができたのだ。――――――女神によって世界が崩壊したとしてもね」


「!?」


 女神という言葉に思わず息を呑む。


 俺だけじゃなく。凪咲も七海も、月守さんの隣に立つ彩姫さんも。


「女神によって世界は滅びの一途をたどっている。それは日本だけの話ではない。世界がこうなる前は全ての国々が繋がっておりしのぎを削っていた。しかし、女神によって世界に魔物が放たれ、多くの国々は滅んでしまった。生き残っている国でまともな戦力を持つのは――――日本しか残っていない」


「なっ!? でも教科書には多くの国が残っていると!?」


「ああ。日本国民にそう伝えることで不安を広げないためだ。では、どうして日本だけが生き残れたのか分かるかい?」


「――――――結界?」


「半分正解だ。しかし半分は外れている。その一番の理由は結界を作っている神の力を行使できる存在が生きていた国こそが日本だからだ。――――我々月守家だ」


 日本で月守さんが最も偉い人だと凪咲が言っていたのがようやく理解できた気がした。

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